第49話:お見通し

「……シャル様は、私の魔力量のこと、ご存じだったんじゃないですか?」


 アンジェの涙も落ち着き、みっともない姿を見せてしまったことを詫びつつ店を辞して歩く大通り。


「また来てねー! 今度はとっておきの魔道具用意しておくからー!」


 と元気に見送ってくれたルシールの声も遠くなったころ、アンジェは隣を歩くシャルロットにぽつりと問いかけた。


 シャルロットはしばし逡巡するような間をおいてから、やがて諦めたように答える。


「……えぇ。わたくしでも感知しきれないほどの魔力がアンジェ様の中に眠っていることは、存じ上げておりましたわ」


 やっぱり、とアンジェは内心で頷く。そうでなければあの水晶玉が溶けた時の余裕の対応も、ルシールに詰め寄られたときの助け舟も、……大泣きする自身への対応も、説明がつかない。


 そして、シャルロットがあえて魔力量の話を隠し続けたのはおそらく、第三者から知らされることを意図してのものだ。


 良くも悪くも近すぎるシャルロットの言葉より、縁遠い相手からの客観的評価のほうが深く心に響くことがある。……アンジェが、まんまと初対面の相手の前で大泣きしてしまったように。


 ――本当に、シャル様にはかなわないなぁ。


 それは、決して後ろ向きな感情から来る諦観ではない。むしろ自分のことを理解されつくしていることへの喜びに近い感情だ。


 アンジェはその心の赴くまま、……それでも周囲に自分たちに注目している人がいないことを入念に確認して、不意にシャルロットに横から抱き着いた。


「っ!? あ、アンジェ様?」


 咎められるとでも思っていたのだろうか、シャルロットはびくりと肩を跳ねさせ、珍しく動揺した様子だ。


 その姿がなんだかおかしくて、アンジェはいたずらっ子のように笑う。


「えへへ。シャル様は私のこと、何でもオミトオシなんですね」


 そういって目いっぱい両腕に力を籠めると、シャルロットからも腕が回されてそっと抱きしめられる。見上げたシャルロットの顔に浮かぶ微笑みは、まるで一足先に月が顔をのぞかせたかのように柔らかく、美しかった。


「……もちろんですわ。愛しいアンジェ様のことならなんだってわかりますのよ」


「いいなぁ。私もシャル様のこと大好きなのに、何でもはわからないです」


「ふふっ。歴が違いますのよ、歴が」


「歴……?」


「なんでもございませんわ。……さぁ、あまり遅くならないうちに帰りませんと。帰ったらアンジェ様の魔力の使い道について考えましょう」


 アンジェの疑問をうやむやにするかのように、抱き寄せていた腕をほどいて手をつなぎ直すシャルロット。アンジェは少々不思議に思いつつも、つないだ手のひらのぬくもりに頬をほころばせつつ、待ち合わせている馬車のもとへと向かうのだった。




 ◆




「はぁ……」


 二人が仲良く馬車で王城に戻ったころ。店を閉めて商品の点検をしながら、ルシールは深いため息をついていた。


 ルシール・シュヴァリエ。シュヴァリエ商会会長の娘である彼女は、時々こうして直営店の店番をしつつ、魔道具技師として経験を積んでいる。実はアンジェが溶かした魔力測定用水晶も、同じくアンジェが消した魔法適性鑑定用用紙も、彼女謹製の逸品だ。


 魔法能力は並程度のルシールではあるが、こと魔道具製造に関しては天才的な能力を誇る。だからこそ、彼女には一つの悩みがあった。……今まさに、彼女が手入れをしている魔道具がその一端である。


 起動すると、使用者を中心に不可侵の結界を展開する魔道具。範囲は中型のテントがすっぽり入る程度で、例えば野営時に起動しておけば不寝番をつけずともパーティ全員が外敵の襲撃を気にせず朝までぐっすり眠れる優れものだ。――起動さえできれば、の話だが。


「今日も売れなかったね。ごめんね」


 注視するまでもなくほとんど触れられていないことがわかってしまうそれに謝罪の言葉を投げかけつつ、ルシールはその魔道具をそっと棚に戻す。


 ルシールが生み出す魔道具は、どれも画期的で有効なものばかりだ。しかしながらその性能を引き出すために、多くの魔力や高い魔法適正を必要とする、非常に玄人向きな逸品でもある。


 本来魔道具は、魔法が使えないもののために考案された道具だ。その魔道具に高い魔法能力が求められるというのは、一見すると本末転倒以外の何者でもない。……あえて魔道具を使うメリットも確かに存在するのだが、あまり認知されていないのもまた実情である。


 そんな現実を売れ筋という形で日々感じているルシールは、今日もいつも通り俯きがちに地下の工房へと戻る。普段なら補充用の一般的な魔道具をいくつか作り、新しい魔道具のアイディアを練るところ、なのだが。


「あ……」


 工房の扉を開いた彼女を出迎えたのは、昼間アンジェが溶かした水晶玉。とりあえず危険のないようにと、いったんここに引き上げたものだ。


 その見事なひしゃげっぷりに、あの時の衝撃が脳裏によみがえる。


「あぁ……まさか全力で作った魔力測定水晶が壊されるなんてぇ……♪ もう、アンジェちゃんさいっこぉ……♪ これなら私の夢、『みんなが幸せになれる魔道具作り』も叶っちゃうかなぁ……? うぇへへ……♪」


 ……否、蘇るだけではなくいろいろ駄々洩れである。ため息とともにひしゃげた水晶玉をうっとりと見つめるルシールの姿は、はたから見ると新手の怪異か何かのように見えるかもしれない。


「……それはそれとして」


 しばし見せられない顔でトリップしていたルシールが、ようやく落ち着いてきたのかひしゃげた水晶玉を棚に置いてつぶやく。


「あんなに小さな子があそこまで頑張らないといけないって、帝国さんってどうなってるんだろう。……なんか訳ありみたいだし、私も力になれないかな」


 頭のおかしい魔力量、にもかかわらず感じられなかった魔法を使ってきた気配、そしてあの涙。どれだけの無茶を自分に強いてきたのかと、想像するだけで胸が痛い。


「……うん、私によくしてくれたシャル様の大切な人だもんね! アンジェちゃんのための魔道具、いっちょつくっちゃいますかー! ふふっ、何ならもっかいぶっ壊してくれたら……うぇへへぇ……♪」


 ルシールは暗くなりかけた気分を吹き飛ばすかのように高らかに宣言すると、早速新しい魔道具の考案に取り掛かった。


 とにもかくにも、こうしてまた一人クレマン王国にアンジェの味方が生まれ、彼女の行動範囲が広がったのだった。


 ===


 後日


 シャルロット「ルシール、恐らく貴女勘違いされてると思いますがアンジェ様はわたくしと同い年ですわ」


 ルシール「……年上!?」


 ===


 というわけで、第8章はここまでです。


 この章はアンジェの過去がちゃんと彼女の中に息づいているんだよ、ということをアンジェ自身に気づかせるための章でした。

 結果、ルシールという新たな変態が登場して彼女の過去を肯定してくれたことで、アンジェの心の傷もまた少し癒えたことでしょう。……なんでアンジェの周りには変態ばっか集まるんだ?


 魔力量については『魔力切れまで力を行使』していたことを何度も示唆していたので、予想で来てた方も多かったかもしれませんね。

 あとはこの魔力が後にどうつながっていくのか、というところになってきます。実はまだ固まり切っていませんが、このまま魔道具作りに傾注するのも良いし、作中でも触れた作物の育成や動物の使役、またシャル様専用魔力タンクという道もアリかもしれません。

 もし魔力の使い道についてアイデアがございましたら、コメントいただけると今後の展開の参考にさせていただくかもしれません。


 さて、次章は再び帝国サイドのお話を書いていく予定です。

 前回の間章が思いのほかPV数の伸びが良かったので、やはり彼らの転落を期待されている方が多いんだなぁと。なので当初予定より帝国さんのお話をはさむ頻度を増やしていこうかなと思ってます。


 次章もお楽しみに!

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