第46話:魔力測定

「えっと……それで、今日はどんなご用件ですか?」


 しばらくわちゃわちゃとじゃれ合っていたアンジェとシャルロットのせめぎあいが、アンジェの根負けという形で決着したのを見計らって、ルシールが二人に問いかけた。


 どこか肌艶の良くなったシャルロットが、アンジェを腕の中から解放しつつ答える。


「こちらのアンジェ様、隣国では魔道具に触れたことがほとんどなかったそうでして。何か体験できるようなものはございますかしら?」


「なるほど、ドゥラットル帝国ではいろいろ厳しいですもんね。そういうことなら……まずはこれなんてどうでしょう?」


 シャルロットの要望を受けたルシールは、近くの棚に置いてあった水晶玉を手に取った。


「魔道具を扱うには、まずは自分の魔力量と適性を知るのが大事です。魔力を使いすぎると体調を崩しちゃいますし、適性のない魔法を扱う魔道具は使いすぎると身体への負担が大きくなりますからね。まずはこの水晶で、アンジェちゃんの魔力量を測っちゃいましょう!」


 説明しつつ、ルシールはアンジェでも手が届く高さの棚に水晶玉を置き直す。


 透き通った水晶玉の中には、何やら灰色の煙のようなものが緩やかに渦巻いている。アンジェがその様子を不思議そうに見つめていると、ルシールがおもむろにその水晶玉に手をかざした。


 すると、煙の色が一度黒く染まったかと思えば、その色が数秒をかけて紫、青、緑と移り変わっていった。


 アンジェが思わずおぉ、と感嘆の吐息を漏らせば、ルシールはどこか得意げに説明を続ける。


「こんな風に、この水晶に手をかざすとその人の魔力量に応じて中の煙の色が変わるの! 黒から順に虹の色みたいに変わっていって、明るければ明るいほど魔力量が多いんだ! 私は緑だから、大体平均的って感じかな。シャル様もやってみます?」


「そうですわね。久しぶりに試してみようかしら」


 ルシールに代わって、シャルロットも水晶玉に手をかざす。すると中の煙の色が次から次へと変わっていき、やがて白に近いクリーム色で止まった。


「おぉ、さすがシャル様! こんなに白に近くなる人は初めてですよ!」


「シャル様、すごいです……!」


「ふふっ、伊達に留学してまで学んでおりませんのよ」


 ルシールからの惜しみない賞賛と、またそれを聞いたアンジェがパチパチと手をたたくのを受けて、シャルロットは自慢げに胸を張った。


「さ、それじゃあアンジェちゃんもやってみよう!」


「は、はいっ」


 ルシールに促されて、アンジェは緊張の面持ちで水晶玉に手をかざす。


 ――い、一応昔はすごく褒められてたけど、今はどうなんだろう……?


 かつては史上最高の力を持つ聖女と謳われていたアンジェではあるが、今はその『聖女の力』は使えない。そのことが果たして、魔力にどのように表れているのか。


 そんな不安を胸に抱きながら、水晶玉をかたずをのんで見守っていたのだが。


「……あれ? 鑑定が始まらない……?」


 その違和感に気が付いたのはルシールだった。水晶玉の中を揺蕩う煙の色が、数秒経っても灰色のままなのだ。


 先ほどルシールが実演した通り、本来は鑑定が始まると水晶玉の中の煙がまず黒に変わり、そこから対象者の魔力量に応じた色に変わっていく。仮に魔力をほとんど持っていない場合であっても、鑑定を待機している状態である灰色から変わらないということはあり得ないのだ。


「おかしいな、調子悪いのかな?」


 とルシールが水晶玉に触れようとした、その時。


 水晶玉の中の煙が一瞬で真っ白に染まったかと思うと、何かを訴えるかのようにものすごい勢いで渦巻き始めた。


「っ!?」


 ルシールがその尋常ならざる様子に動きを止める中、なおも水晶玉の中の煙は渦巻き、坂巻、暴れまわっている。


 そんな状態が数秒続き――やがて、ついに限界を迎えたとでもいうように、美しい球体だった水晶玉がぐにゃりと溶けた。


「……へ?」


「……え?」


「……はい?」


 ルシールの、シャルロットの、そしてアンジェの困惑の声が重なる。


 誰もが溶け崩れていく水晶玉を呆然と見つめる中。


「……あつっ」


 水晶を溶かした熱がかざしたままの指先に触れ、アンジェが反射的に手をひっこめた、瞬間。


「……って、えええええええええええええええええっ!? な、何ですかこれっ!? なんで!? なんで溶けてるんですかぁっ!?」


 まるで金縛りから解けたとばかりに、アンジェの大絶叫が轟き、


「アンジェ様……器物破損は決して償えない罪ではございませんわ。わたくしアンジェ様が清い体になってお帰りになるのをいつまでもお待ちしておりますの……」


 シャルロットはそんなアンジェの肩に手を置きながらハンカチで目元を拭い、


「こんな……こんな無茶苦茶な魔力量なんて……! うぇへへ……アンジェちゃんすごぉい……♪」


 ルシールは水晶玉と同じか、それ以上に表情を蕩けさせてアンジェを見つめていた。


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