第44話:お揃いの髪飾り

 アンジェが初めて訪れた城下町は、彼女の好奇心を刺激するもので満ち溢れていた。


「あ……この髪留め、シャル様に似合いそう」


「アンジェ様にはこれなんかよさそうですわね! それでは買ってまいりますわ!」


「え、あ、ちょっ、私お金持ってなくてっ」


「あら、財布ならここにございましてよ?」


「どうして自分を指差して誇らしげなんですかシャル様!?」


 ぶらりと立ち寄った装飾品店でお揃いの髪飾りを選んだり。


「シャル様、シャル様っ。あの方は何をされてるんですか……!?」


「あれは吟遊詩人ですわね。あちこちを旅して見聞きしたものを詩にして披露しているのですわ」


「そんなお仕事があるんですね……! 聞いていってもいいですか……!?」


「えぇもちろん。……失礼いたしますわ、一曲お願いしてもよろしくて?」


 詩人が歌う詩に二人で耳を傾け、王国各地の風景に思いを馳せたり。


「シャル様、これは何ですか?」


「果実酒ですわね。そういえばアンジェ様は日ごろお酒をたしなまれないようですが、苦手だったりしまして?」


「いえ、苦手ってことはないんですけど……一度呑んだことがあって、ただよく覚えてなくて。それ以来、何故かメリッサからも止められてるんです」


「買ってまいりましょう! 十本ほど!」


「何か悪いこと考えてません!? あとそんなに買っても飲み切れないですよ!?」


 普段接することの少ない商品を市場で見かけては目を輝かせたり。


 そうやって時々ツッコミを入れつつあちらこちらと歩き回り、さすがに少々疲れてきたため二人は一度中心の広場に戻ってきていた。


「うん、これで良し! ふふっ、やはりわたくしの見立て通り大変お似合いですわ!」


「あ、ありがとうございます」


 ベンチに並んで座り、シャルロットの手によって髪飾りをつけられていたアンジェは、シャルロットからの惜しみない賞賛に気恥ずかしそうに頬を染める。それでもつけてもらった髪飾りを手でペタペタと触っては、頬をほころばせて嬉しそうだ。


「さぁ、アンジェ様。わたくしにもつけてくださるかしら?」


「は、はい。失礼しますっ」


 シャルロットが紙袋から取り出したもう一つの髪飾りを受け取り、そっと彼女の前髪に触れる。瞼を伏せたシャルロットの顔はまるで日差しに煌めく湖面のように眩しくて、アンジェの心臓がとくん、と跳ねる。


 吐息すら触れそうな距離に、アンジェは自然と息をつめながら髪飾りをセットしていく。緊張からか少々もたつきながらもどうにか作業を終えたアンジェが身を離すと、それを察したらしいシャルロットがそっと瞼を開いた。


「……いかがかしら? 似合ってまして?」


 小首をかしげるシャルロットの頭には、アンジェが選んだ深みのある緑色の髪飾り。彼女の高貴さと華やかなイメージを引き立たせてくれると考えたそれは、アンジェが想った通りの効果を見せてくれて。


「……はい、すっごく似合ってます」


 しばし見惚れていたアンジェがそんな一言を絞り出せば、シャルロットはふわりと花が咲いたように微笑んだ。


「ふふっ、よかった。わたくしこの髪飾り、一生大切にしますわ」


「わ、私も! シャル様からいただいた髪飾り、ずっと大事にします!」


 シャルロットがアンジェに選んだのは、柔らかなピンク色の髪飾り。鏡がないこの場ではアンジェ自身が確認することはできないが、彼女がまとう神々しい輝きに愛らしさを加える、シャルロットが想うアンジェ像が良くわかる組み合わせである。


 それを今一度触りながら宣言するアンジェに、シャルロットは満足げに目を細めるのだった。


「ではアンジェ様、次はどちらに参りましょうか?」


 空になった紙袋をたたみつつ、シャルロットが問いかける。


「うーん……」


 アンジェはシャルロットから目を離し、周囲をきょろきょろと見回す。


 少しずつ日が傾きつつある広場はなおも活気に満ちており、荷物の積み下ろしを行っている男性や買い物袋を持って路地へと入っていく女性、何かのごっこ遊びでもしているのだろうかじゃれ合っている子供たちの姿などでとても賑やかだ。


 それらを微笑ましい気持ちで眺めていたアンジェの目に、ふと一軒の店が留まった。


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