第8章:努力の痕跡

第43話:二度目のお散歩デート

 アンジェが突然現れたセリーヌに抱き枕にされた翌日、彼女はシャルロットとともに城下町に繰り出していた。


 実はアンジェは、クレマン王国を訪れてからのほぼすべての時間を王城で過ごしていた。


 何せ彼女は、直接国のために、シャルロットのためになることを探すのに躍起になっていた。それがゆえに王城の外など見向きもせず、王城の仕事の手伝いに執着してしまっていたのだ。


 だが、今の彼女の行動指針は別にある。自分が本当に楽しいと思えること、やりたいと思えることを探すため、一歩外へと踏み出すことを決めたのだった。


「すごい、にぎやかですね」


 騒ぎにならないようにと街の中心から少し外れたところに馬車を止めてもらい、先に降りたシャルロットが差し出した手を取りつつ自身も降車したアンジェは、辺りをきょろきょろと見回しながら呟いた。


 足元の石畳が伸びた先に見える広場にはたくさんの人が行きかっており、今もちょうど二人のすぐそばを小さな子供たちが元気に走り抜けていく。周囲の店や住居からはそこに暮らす人々が発する生活音が奏でられ、活気に満ちた様をより印象付けている。


 日中をこのような大きな街で過ごすことの少なかったアンジェではあるが、帝国で聖女として働いていたころに比べても楽し気な雰囲気を醸し出している街の様子に目を丸くしていた。


「そうでしょう? いろいろと楽しいものもたくさんございますわ」


 街を褒められたからか、シャルロットはどこか誇らしげだ。今日もバッチリ決まっている縦巻きの金髪を軽く揺らして首を傾げつつ、アンジェに微笑みかける。


「さぁ、まずはどちらへ参りましょうか? 広場にいけば何か見世物があるかもしれませんし、市場のほうで何かいただくのも良いですわね。あるいは服飾品や工芸品、魔道具なんかを見るのも良いかもしれませんわ。全てはアンジェ様の意のまま、でしてよ」


「えっと……うーん……」


 シャルロットが見せる王都の簡易的な地図を覗き込みながら、アンジェは悩む。


 思えば帝国で聖女として働いていたころは、その日の予定はすでに決まっていてその通りに動くだけだった。ほぼまっさらな状態から目的地を決めるのなんていつ振りだろうか。


「食べ物は……王城の食事を考えると、シャル様のお口に合うものを探すのは大変そうだし……見世物もシャル様はきっと何回も見てますよね。うーん……」


「……アンジェ様? わたくしのことを考えていただけるのは嬉しいのですが、今日はアンジェ様が純粋に気になることをやるのが趣旨でしてよ?」


「……はっ!? ご、ごめんなさいシャル様。そうですよね、私が気になること……気になること……」


 あまりにも自然に出てしまった悪癖を指摘され、アンジェはぶんぶんと首を左右に振ってから今一度考え始める。


 シャルロットはそんな彼女に苦笑しつつ、そっとその頭を撫でながら提案する。


「まぁ、いきなり問われても難しいですわよね。とりあえず方向だけ決めて歩いてみましょうか?」


「……そういうのでいいんですか?」


 心地良いリズムに心がポカポカするのを感じつつ、アンジェはキョトンと問い返す。


「えぇ。明確な目的を決めずにぶらつくのも楽しいものですわよ」


 シャルロットは地図を折り畳んで仕舞い込むと、再びアンジェへと手を差し伸べた。


「さぁ、アンジェ様のお心の召すままに。わたくし、どこへでもエスコートいたしますわ!」


 穏やかな日の光を纏い、柔らかく微笑むシャルロットの姿は、そのまま絵画にできそうなほどに美しくて。


「……きれい」


 アンジェの唇から、思わずそんな言葉が零れた。


「ん? 何かおっしゃいまして?」


「へっ!? な、何でもないです! えっと、じゃ、じゃああっち! あっちに行きましょう!」


 良く聞き取れなかったらしいシャルロットが小首をかしげながら聞き返すのを誤魔化すように、アンジェはシャルロットの手を取ってくいくいと引っ張る。


 その行動の愛らしさにシャルロットが内心大絶叫をかましていることなど知る由もないまま、アンジェはシャルロットとともに城下町へと繰り出すのだった。


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