第42話:暗躍する者

 アレクシアへの現状報告を終えて部屋を出た聖職者然とした男は、その扉が確実に閉まったことを確認してため息をついた。


 ――やれやれ、子供の相手というのはどうしてこんなにも面倒なものなのか。


 かつて彼の研究への協力依頼を『私の力はそんなことに使うためのものじゃありません。みんなを幸せにするためのものです』と断ってきた本来の聖女アンジェ然り、そのアンジェを一方的に妬んでその座を奪い取った本当の意味での偽聖女アレクシア然り、である。


 彼は最早取り繕う必要のなくなった顔にありありといら立ちを表しながら、皇城の廊下を一人歩く。脳裏をよぎるのは、今日ここに至るまでの紆余曲折だ。


『聖女の力』には、国どころか世界すら変えられるだけの能力が秘められている。


 過去の資料と自身の長年の研究成果からそう確信した彼は、『聖女の力』を兵力の増強や、より直接的な攻撃手段とするための方策を研究していたのだ。


 もし実現すれば、これまで最強の盾であった聖女が同時に最強の鉾にもなり得る。まさしく一騎当千、まごう事なき帝国の最高戦力だ。そして、そんな聖女を管理している教会の立場は必然的に強くなり、実質的に帝国を手中に収めることも夢ではない。


 ……しかし先の通り、肝心な聖女本人にその研究への協力を拒否されてしまったわけだが。


 ――まったく、おかげでとんだ手間を取らされた上に当の聖女には逃げられるとはな……。


 アンジェが持つ莫大な力をどうにか研究に使うためには、彼女が持つ高すぎる志が邪魔だった。


 ゆえに彼女に対して良くない感情を持っていた者たちをそれとなく焚きつけてアレクシアの暴発を促し、アンジェを聖女の座から追い落とす計画を組むように促した。それがアンジェから役割を奪い、心を砕くことにつながるからだ。


 そして、その計画への協力として彼女がより『聖女』という役割に依存するように仕向けつつ、同時に疲労を溜めて思考力を奪い、来るべき時に確実にアンジェの心を壊せるように仕組んだ。


 あくまでも『協力』という立場に徹することで万が一の場合の逃げ道を残しつつ、計画が成功した暁にはその特殊過ぎる能力の管理を名目にアンジェを支配下に置く手はずも整えてあった。


 そうやって準備万端整えたところで、あの日、、断罪劇が引き起こされた。アンジェは相当なショックを受けたようで、その場に泣き崩れたと聞いている。ここまでは予定通りだ。


 騒ぎの中でアンジェが隣国の第二王女に連れ去られたのは想定外だったが、取り返せればそれを口実により強くアンジェを支配下に置くことができるだろうと思えばむしろ好都合だといえた。


 ……唯一の誤算と言えば。


「あの女があそこまでの力を有しているとは……おかげですべてが台無しだ」


 回想の狭間から零れ落ちた呟きは、苦々しさに満ちている。


 単に魔法技術が優れているというだけではない。その能力を全く気取らせないというのははっきり言って異常、それだけで相当な実力者であることは確実なのだ。


 そう考えると、あの第二王女は国内有数の貴族家において最高峰の能力を持つアレクシア・フーコすら凌駕する実力を持っていると見て間違いなかった。


 シャルロットの実力をそのように分析した彼の中では、既にアンジェの奪還という選択肢は消えつつあった。


 ――あれだけの能力は惜しいが、下手に動きすぎて陛下に気取られるわけにもいかん。……それに多少能力が落ちたとしても、その力を使えれば十分に研究は続けられるからな。


 そう。男たちとしては、アレクシアを隠れ蓑に『聖女の力』の研究を続けられさえすればそれで充分なのだ。


 新たな神託によって現れた『聖女の力』を使うことのできる人物をいち早く自分たちの管理下に置き、後は当初の予定通りに進める。時期と管理下に置く対象が変わるだけで、大した影響はないだろう。


 ――どこに隠れているのかは知らんが、せいぜい羽を伸ばしていれば良いさ。いずれ必ず、あの第二王女諸共我らの計画を妨害した報いを受けさせてくれる。……貴様が誇りにしていたその力でな。


 そんな暗い情熱をたぎらせつつ、男は皇城を出て教会の本部たる神殿へと向かうのだった。


 ……神託を偽るというとんでもない冒涜を働いたにもかかわらず、新たな神託が降りることを全く疑っていないという矛盾を自覚しないまま。


 そして、アンジェが持っていた能力が宿強力だったことに、思い至らないまま。


 帝都上空にどんよりと広がる灰色の雲から雨の気配がするのに反して、はるか西方の空はすっきりと晴れ渡っているのだった。


 ===


 というわけで今回の間章は以上です。


 過度な血統主義と選民思想の暴発に、アンジェの強すぎる力に目がくらんだ教会の一派が相乗りして互いに利用しあっていた、というのが真実だったわけですね。作者が言うのもアレですが酷いやつらだな……。

 ひとまずは誤魔化しながら神託が降りるのを待つという選択をした彼ら彼女らですが、果たしてどうなるのやら……ぶっちゃけもう火を見るより明らかですが。


 さて、次章から再びアンジェサイドに戻っていくわけですが、現在ちょっと先の展開を再検討中です。

 というのも、もともとの展開だとちょっと百合成分が少ないなぁということに気づきまして、もうちょいいちゃいちゃさせつつアンジェに楽しくなってもらいつつアンジェの力になるものを別に用意した方がよさそうだなと。

 いやはや、なかなか思うようにはいかないものですね。


 一応次回の更新予定までには形になるようにするつもりですが、もし更新がなかったらそういうことだと思っていただければ……。


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