第40話:皇帝から見た断罪
「聖女よ。『護国の結界』の再展開、ご苦労であった」
セリーヌが警戒心をあらわに睨んだ空の向こう、ドゥラットル帝国皇城内の謁見の間に、重々しく低い男の声が響く。
声の主は、豪奢な玉座にどっかりと腰かけた、がたいの良い中年の男性――ドゥラットル帝国の最高権力者、当代の皇帝である。
そして、彼の前にひざまずいているのは、いかにも高級そうな白いローブを身に纏った燃えるような炎髪の女性だ。
「はっ。もったいないお言葉にございます」
神託によって真の聖女となったアレクシア・フーコは、頭を下げつつ恭しく返礼する。その様子を満足げに見つつ、しかし皇帝は一つため息をついた。
「やれやれ、これで例の騒動も一区切りか。……全く、彼の者はとんでもないことをしてくれたものだ」
彼が思い浮かべるのは、少女というよりも子供に近い見た目をしていた銀髪碧眼の先代聖女――もとい、偽聖女だ。
史上最高の力を持つとされた偽聖女は、その力を以て国を呪って回っていたようだと、神託を届けた教会から報告を受けている。その影響を排するために、聖女には通常の業務に加えて各地の呪いの浄化を頼まざるを得なかった。
本来であれば防衛のかなめである『護国の結界』の再展開を後回しにすることなどありえない。しかし呪いの影響がどう出るか読めない以上そちらを優先するしかなく、一応の国交を持つクレマン王国以外の国境付近に兵を集中させてどうにか乗り切った形だ。
「申し訳ございません。私にもっと力があれば……」
「気にするな。お主の力がなければ状況はより酷かっただろう」
しおらしく悔恨を表すアレクシアを手で制して、皇帝が続ける。
「よもや神託すら捻じ曲げるほどの力を持っておったとは、余の目をもってしても見抜けんかった。せっかくその忠誠心と勤勉さを買っておったというのに、仇で返しおって」
「まったくだ」
顔をしかめて言い放つ皇帝に同調して、控えていた第一皇子・ロランスも声を上げる。先の夜会同様、その切れ長の瞳は怒りに燃えていた。
「ただでさえ口うるさい上にいつまでたっても女として成長しない欠陥品の分際で、この俺の国になんてことをしてくれたんだ。やはりあの場で処刑しておくべきだったか」
「まだお前の国ではないぞロランス。早まるでない」
皇帝はロランスをたしなめるように言うと、ぎろりと彼を睨んだ。
「だいたいお前があのような早まった真似をしなければもっと穏便に済んでいたのだぞ。少しは反省せい」
かの断罪劇はロランスの独断であった。皇帝の下に件の神託の内容が知らされたときにはすでに
こうなっては下手に隠し立てしたり策を講じたりする暇もなく、皇帝は速やかな事態の公表に踏み切るほかなかったのだ。今思い出しても頭が痛む選択である。
だが、そんな決断を強いた当の本人はと言えば。
「何を言うんだ父上。国をゆがめるような愚か者など一刻も早く排除して当然だろう」
本気で何が間違っていたのかわからない、とでも言いたげに胸を張っている。
皇帝は眉間にしわを寄せながら、深いため息をついた。
「物事には段取りというものがあるのだ。お前はどうにも昔からそのあたりが弱い。皇位を継ぐつもりがあるのならそれを理解する姿勢を見せろと何度言えば――」
「まぁまぁ父上、もう済んだことではありませんか」
俄かに起こり立った説教の気配を察してか、皇帝の娘にしてロランスの姉にあたる第一皇女が口をはさむ。
「ロランスも少しずつ成長しています。ですが今回の事態は異例中の異例、頭に血が上るのもやむなしでしょう」
「そうよ、お兄様はわるくないわ! 悪いのはあの平民上がりのちんちくりんでしょ!?」
さらにはロランスの妹にあたる第二皇女までしゃしゃり出てくるものだから、皇帝は再び深いため息をつく。
「全くお前らは、兄弟仲が良すぎるのも考え物だな……」
そして、仕切り直しとばかりに聖女へと向き直る。
「少々話がそれたが……聖女よ、お主の働きによってこの国は偽聖女の呪いから解き放たれた。引き続きこの国を頼むぞ」
「かしこまりました。この身に代えましても」
「うむ。その功績に報いるというわけではないが、お主の聖女就任祝いは盛大に行わなければな」
望み通りの答えを返した聖女に、ようやく肩の荷が下りたかのように皇帝はその強面を少しだけ緩めた。
……しかしこの時、この場にいる誰一人として気づいていなかった。
流麗な所作で一礼して退出する真の聖女が、そのほほえみの下に隠す誰にも明かすことのできない秘密に。
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