間章:崩壊の序曲

第39話:第一王女の憂鬱

「では、次は軍事関連ですね。お願いします」


 クレマン王国の政務を担う各部門から担当者を集めて、週に一度行われる定例会議。


 その議長を務める第一王女・セリーヌの声に促されて、報告を担当する壮年の男性が資料を片手に立ち上がった。


「はい、ご報告いたします。魔物の侵攻の動きを鎮圧したことにより、北西部へ派遣していた部隊が来週にも帰還する予定です。これにより――」


 政策立案や方針決定とは別に、短い周期で行われるこの会議の目的は、いち早い情報共有だ。他部門に影響を及ぼしそうな事象を迅速に周知するためのもので、大仰な準備も必要ないフランクな会議体となっている。


 この日の議題は教育関連で一つ、そして軍事関連で一つ。先に終わった教育関連の報告に続いて、二つ目の軍事関連の報告をを今まさに担当の男性が行っているところである。


 どこかの第二王女に公務をぶん投げられたことで少々疲れ気味のセリーヌではあるが、このような場では当然疲労など露ほども見せない。真剣な面持ちで担当者の声に耳を傾け、メモを取っている。


 ……が、その内心はと言うと。


 ――はぁ……可愛い妹たちのためとはいえ、さすがにちょっとしんどいなぁ……。早くアンジェちゃんをぎゅぅってしたい……すっきりするのはもちろんだけど、あの抱き心地は反則だよぉ……この間シルヴィちゃんが一緒に寝たって言ってたし、私もお願いしてみようかなぁ……?


 とまぁ、こんな具合に若干現実逃避したりしてはいるのだが。


「――当初予定していたご報告は以上となりますが……一点、追加で共有させていただいてもよろしいでしょうか?」


 担当者の問いかけに、セリーヌは半ば無意識に取っていたメモから顔を上げる。


「えぇ。どうぞ、続けてください」


 会議の目的上、当初予定していなかった議題が急遽加わることはままある。特に気にするでもなくセリーヌが促せば、担当者は資料を見ながらしゃべり始めた。


「先ほど国境警備隊の北東方面より報告がございまして、『護国の結界』が再展開されたようです」


『護国の結界』とは、ドゥラットル帝国が誇る『聖女の力』によって展開される最上級の結界魔法だ。物理・魔法問わずあらゆる攻撃を防ぎ、悪意ある者の侵入を阻み、領域内の魔物の発生を抑制する、帝国の守りのかなめと言える魔法である。


 本来であれば聖女を中心に複数人の高位の巫女たちによって展開するものだが、ここ十年の間はアンジェが一人で展開・維持していたと、セリーヌは聞いている。そして、帝国を離れる際にそれを解除した、とも。


「……ずいぶんかかりましたね。あれからもう二週間以上経つはずですが」


「はい。これまでにも聖女の代替わりが発生した際に『護国の結界』が消失することはありましたが、ここまで長く消失していたのは異例です」


「それだけごたごたしていた、ということでしょうか。……なんにせよ、これで少しは国境警備隊の負担も減りそうですね」


『護国の結界』が解除されてからというもの、国境付近で発生した魔物への対処として警備隊の出動が増えていた。『護国の結界』による浄化効果がなくなったことに起因するもので、一時的に多方面から部隊を増員して対応していたのだが、一区切りつきそうな気配にほっと胸をなでおろす。


 だが、しかし。


「それが、少々気になる点がございまして」


 担当者が渋い顔で続ける。


「私も自分で目にしたわけではないので何とも言い難いのですが……警備隊の隊員の一部からは、何やらこれまでに見てきた結界とは異なる気がする、という声が上がっているらしいのです」


「これまでとは異なる……?」


 セリーヌがけげんそうに眉根を寄せる。


「発動者が異なるのですから、多少の差異はあってもおかしくないのではありませんか?」


「おっしゃる通りです。しかし、それならば警備隊の練度を考えると、差異を感じ取れるもののほうが圧倒的に多いはずなのです。一部のもののみが、という点が気になっておりまして」


「……なるほど、一理ありますね」


 担当者の言葉に深く頷いたセリーヌは、しばし考え込んだ後。


「……報告ありがとうございます。この件は陛下にもお伝えしておきます。警備隊はひとまず今の態勢を維持し、引き続き結界の観測を続けてください」


 手短に今後の対応をまとめ、重要事項として手元のメモにしかと書き留めた。


 散会後、セリーヌはふと窓の外へと目を向けた。王城から望むことはできないが、東向きのその窓のはるかかなたにはドゥラットル帝国が、そして今しがた報告を受けた結界が広がっているはずだ。


 彼女は、薄雲の垂れこめる空を一睨みして考える。


 ――あちらの方々は自業自得だからどうなっても仕方ないけど、これはこっちにも飛び火してきそうだなぁ……。可愛い妹たちのためにも、私にできることは頑張らないとね。


 そうして小さく息をついて、会議室を出る。


 その足が向かうのは当然――。


「それはそれとしてっ。やっと一区切りついたし、早くアンジェちゃんをぎゅぅってしに行こうっと! ふふふっ、お願いしたら一緒にお昼寝してくれるかな!?」


 今しがたの件の報告主の下ではなく、栄養補給先である将来の妹のところなのだった。


 ===


 結果的にアンジェにしわ寄せがいってますねぇ……。


 ちなみに報告はセリーヌが従者に預けたメモできちんと行われたものと思われます。さすがにそこまでアレな人ではないので……。


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