第34話:気まぐれな第三王女
「……アン姉様、なんか疲れてる」
数日後、アンジェの私室。
初対面のあの日以来アンジェのことをすっかり気に入ったらしい第三王女・シルヴィが、慣れた様子でアンジェの膝の上に収まるや否や、そんなことを呟いた。
彼女は、アンジェが自室にメリッサと二人きりのときに限って、まるでそれを見計らったかのように現れてはこうしてアンジェに膝抱っこをせがんでくる。……というよりは、勝手に座ってくる。
アンジェもそれを特に迷惑に思っていないし、何なら好いてくれていることを喜んでさえいるのだが、今この瞬間に限っては少々厄介に思えてしまう。
「……そんなことないですよ。元気元気です」
「嘘」
努めて明るい声色で答えたアンジェの言葉は、しかしシルヴィによってにべもなく否定されてしまう。
「シャル姉様ほどじゃないけど、シルだってそういうのわかるもん」
それも、王族の直感がなせる業の一つなのだろうか。くるりと体を反転させて座りなおしたシルヴィの顔には、どこか確信めいたものが浮かんでいた。
ぐいっと顔を近づけた彼女は、眠たげな瞳で探るようにじっとアンジェを覗き込んでくる。なんとなく咎められているような気がして、アンジェは思わず目を逸らした。
アンジェが疲れている要因は、もちろん先日メリッサから投げかけられた問いにある。
『アンジェ様のそれは……本当に、"やりたいこと"ですか?』
アンジェには、メリッサのこの問いかけの意味が分からなかった。
シャルロットを守りたいというのも、助けになりたいというのも、どちらもアンジェの心からの願いに他ならない。だからこそそのために自分にできることを探して回っていたわけで、メリッサももちろんそれをわかって協力してくれているとばかり思っていた。
……いや、きっとわかってくれてはいるのだ。そのうえで、彼女はあえてアンジェの意志に背いて何かを伝えようとしてくれている。でもその『何か』が、今のアンジェには皆目見当もつかないのである。
あれからもメリッサは日中はそれまで通りにアンジェに付き従ってくれているが、一方で夜更けや早朝に行動することは許してくれない。そうして生まれた何もできない時間であれこれと考えているのだが、結局何の糸口もつかめずに気疲れだけが溜まっていくのだった。
アンジェがそんな内情を説明できるはずもなく、シルヴィから目を逸らし続けること数秒。
「……ま、いいや」
しばしアンジェのことを見つめ続けていたシルヴィだったが、やがてそんな一言とともに顔を引き、またくるりと体を反転させた。
「シルは、アン姉様がこうさせてくれるならそれでいい」
そのままアンジェを背もたれのように使い、ご機嫌に両足をぶらつかせている。
「……あはは、私で良ければいくらでも」
野良猫のように気まぐれな第三王女の行動に思わず苦笑しつつ、アンジェは彼女の頭をそっと撫でた。アンジェの位置からでは顔は見えないが、それこそ動物の耳や尻尾のようにツインテールの動きだけでシルヴィが満足げなのが伝わってくるから不思議なものだ。
そんな、半ば本能で動いていそうな彼女だからだろうか。アンジェは不意に、今の自分にとって最大の悩みにつながった問いを、彼女にもぶつけてみたくなった。
――やりたいこと。ほかの人はみんな、どう考えてるんだろう。
「……シルヴィ様」
「様付けはやだ」
「あ、えっと……シルヴィちゃん」
「うん」
少々出ばなをくじかれつつ、アンジェが口を開く。
「シルヴィちゃんは今、やりたいことってありますか?」
自分より五歳も年下の少女に問うことではないのかもしれない。でも、少なくとも今の自分の中に答えがない以上、誰かを頼るほかに道はない。
何より、あれこれ考えすぎてすっかり迷路に入り込んでいるアンジェにとって、この気まぐれな第三王女の意見はひょっとしたら思いがけない突破口になり得るのではないかと、そんな期待があったのだ。
そして、そんなアンジェの期待は、『思いもよらない答え』というただ一点においては正しかった。
「アン姉様と一緒のお布団で寝たい」
「……えっと、あの、そういう意味ではなくてですね……」
まさに本能の赴くままに告げたのだろうその答えに、アンジェはつい言葉を詰まらせてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます