第7章:次の道への第一歩
第31話:できること探し
「……メリッサぁ……私って、何ができるんでしょう……?」
アンジェは王城内の自室の机に突っ伏して、情けない声を上げていた。
王国を訪れてから早三日。強制的に取らされた休暇も明け、慢性的にできていた目の下の隈も綺麗さっぱりなくなったある日のことである。
この日のアンジェは、シャルロットの許可を得て王城内を見学していた。シャルロットとの結婚の条件である『国のためにできること』を探すため、そして何より、アンジェ自身が胸を張ってシャルロットの隣に立てるようになるにはどうすればよいかを考えるためだ。
アンジェは十年もの間聖女として働いてきたが、逆に言えばそれ以外のことをほとんど知らない。職務を全うするために文字の読み書きや帝国の歴史、領内の特産や魔物に関する知識などは蓄えてきたものの、政治や軍事、経済や教育といった国の仕組みにかかわる領域にはとんと疎いのだ。
そのような有様ではそもそも何から始めれば良いのかも見当がつかない。なので、まずは実際に国のために働く人々の姿を見て、自分が目指すべきものを明確化しようと考えたのだ。
……だが。
「こちらが当月の収支報告です。各地からの税収は前月比――パーセントの上昇となり予定を捉えています。一方で支出も前月比――パーセントの上昇となっておりますが、こちらは南西の耕作地拡大への出資額を増やしたことに起因するもので予定通りとなります。個別の状況については各担当からご報告を――」
「続いて軍事関連についてご報告いたします。北方より侵攻の動きを見せた魔物の一団についてはこれを掃討。念のため付近の部隊を集中させ警戒を強めております。これにより西方の守りがやや手薄となるため、本隊から一部戦力を西方に派遣したく、ご許可をいただきたいと考えております。詳細はこの後ご説明を――」
「魔法学校につきまして、さらなる定員増加に向けた教員の人材育成は順調に進んでおります。また新たな魔道具の納入元としてシュバリエ商会を加えたく、そちらのご説明を――」
――どうしよう、全然話についていけない……。
丁度開かれていた定例会議の末席に急遽加えられたものの、頭の上にいくつもの疑問符を浮かべ。
「うっ……け、剣ってこんなに重かったんですね……でも、訓練すれば私でも……!」
「……アンジェ様、申し上げにくいのですがそちらはショートソードですので両手で持つ剣ではございません」
「……え?」
兵士たちの訓練場で模擬剣を握らせてもらったことにより自分の腕力のなさを思い知らされ。
「ちょ、調理台に手が届きません……!」
「アンジェ様、こちらの踏み台をお使いください」
「……メリッサ? どうして床に四つん這いになっているんですか?」
家事ならあるいはと貸してもらった調理場の一角でそれ以前の問題に直面し。
そうしてこれといった収穫もないまま見学を終え、部屋に戻ってくることとなったのだった。
すっかり落ち込んでしまった様子のアンジェに、メリッサは紅茶と茶菓子を準備しながら答える。
「少なくとも、王族の皆様を癒すことは可能かと」
「それは……まぁ、そうかもですけど……」
メリッサの言葉に、しかしアンジェの表情は渋いままだ。
実際この日も、王城内を巡る中で顔を合わせた第一王女・セリーヌにせがまれて抱擁を受け入れている。数分間に及ぶそれが終わった後の彼女の顔は、まるで半日ほどぐっすり眠ったかのようにすっきりとしていた。
王政を敷くクレマン王国において、王族が担う役割というものは非常に多く、大きいものだ。そんな必要不可欠な人材の疲れを癒せるというのは、確かにアンジェにしかできない国への貢献といえるかもしれない。
アンジェとしても抱きしめられること自体は嫌いじゃない。むしろ、アンジェはどうにも人の体温に弱いようで、全身でそれを感じられるひと時はとても心地よいものだった。……一番好きなのはシャルロットの体温なのだが。
では、何がアンジェの中で引っかかっているのかといえば。
「ちゃんと、自分の力で立てるようにならないとダメだと思うんです。今のままの私だと、お人形やペットと変わらないですし」
衣食住を与えられ、愛でられ、その対価として癒しを与える存在。それもまた必要な役割だし、そういう生き方をうらやむものだっているのだろう。しかし、アンジェが求めているのはそういう道ではない。
机から顔を上げたアンジェは、自分の小さな両手をじっと見つめながら続ける。
「私はこの手で、愛する人を、シャル様を守りたい。助けになりたい。……だからやっぱり、何かできることを見つけないといけないんです」
聖女の力を得たあの日、初めて誰かの命を守ったあの時からずっと変わらない、アンジェの根幹たる思い。その尊い思いは、彼女自身が安易に楽な方に流れることを決して許さない。
「……やっぱりあなたは、欲張りな人ですね」
「ふふっ。メリッサ、今更気づいたんですか?」
「いえ、良く存じ上げております」
表情のわかりづらい侍女が微かに苦笑を浮かべながら差し出したティーカップを受け取り、アンジェは小さく笑いながら紅茶を口にするのだった。
「……とはいえ、どうしましょうね……」
ティーカップをそっとソーサーに戻し、アンジェは嘆息する。
結局のところ、半日ほどをかけて王城内を巡ったところで何の手がかりも得られなかった事実に変わりはない。むしろ自分の不甲斐なさばかりが目立つ結果に、アンジェはすっかり気落ちしていた。
と、そこへ。
「アンジェ様、お戻りでして?」
ノックもそこそこに、何やら書類の束を抱えたシャルロットが入室してきた。
===
クレマン王家の方々ががっつり出てこない回はコメディ味が減りますね。
え? メリッサのドMムーブ? ……知らない子ですね……。
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