第29話:王族の直感
「なんだ、そんなことを心配されてたのですね」
一度運び込まれたベッドが誰にも使われることなく搬出され、元の姿を取り戻した応接間。
そこに備え付けられたソファに腰かけたセリーヌは、先刻の陶然とした様子などおくびにも出さずに柔らかく微笑んだ。
ちょうど今しがた、セリーヌの対面のソファに座るアンジェから、彼女が懸念していたアンジェへの感情について説明を受けた所である。
なお、シャルロットとメリッサはというと。
「わたくしはアンジェ様にお姉さまたちと仲良くなっていただきたかっただけですのに……」
「……何故、指示に従っただけの私まで……」
ソファに座ることを許されず、アンジェの命令で並んで床に正座させられていたりする。
「確かに貴女と私やシルヴィちゃんは初対面ですけど、貴女のことはシャルちゃんからたくさん聞いてきましたから。そんな他人だなんて思っていませんし、実は私もシルヴィちゃんも、こうして直接アンジェちゃんと会えるのを楽しみにしていたのですよ?」
「そ、そうだったんですね……」
そんな妹のことは気にせず実に朗らかに話すセリーヌに反し、アンジェはやや歯切れ悪く答える。というのも。
……シャル様、私のことなんて話してたんだろう……?
先の謁見にしてもそうだが、どうにも王族の面々の自分に対する評価が高すぎる。アンジェはそのように感じてどうにも落ち着かないのだ。
しかしながら、藪をつついてゴブリンやらオークやらを出しかねないその質問をする勇気は出ず、アンジェは言葉をぐっと飲み込むことに決めた。……褒められるのはうれしいが、度を過ぎればそれはただの羞恥プレイに他ならないのだ。
アンジェが怒涛のように繰り出される誉め言葉に顔を真っ赤にする自身の姿を幻視して心の中でひそかにもだえる一方、何故か完全にアンジェになついた様子のシルヴィが、我が物顔でアンジェの膝の上に陣取りつつ口を開く。
「……アン姉様、すっごく優しい人。見てすぐわかった」
その言葉を体現するかのように、シルヴィは完全にアンジェに身をゆだねている。ややぶっきらぼうともとれる話し方に反して、左右に揺れる頭に合わせてぴょこぴょこと跳ねるツインテールが実に楽しげだ。
少々無防備すぎるその姿に苦笑しつつ、セリーヌが補足する。
「あまり詳しくは教えられないのですけれど……私たちクレマン王家の人間は、ちょっとだけ特殊な直観みたいなものを持っているのです」
謁見の際にシャルロットが口にした『人を見る目』、そして二人の王女が述べた明らかに五感では感じ得ない『清らか』やら「すっきりする感じ」やらといった感想。それこそがこの能力によるものであると、セリーヌはそう語った。
「目の前の人物の善性が、私たちには喜びや楽しさ、安らぎや気持ちよさとして感じられます。そしてそれは、善性が強ければ強いほど大きく、強く感じられるのです。……その結果が、今のシルヴィちゃんですね」
そういわれて初めて、アンジェはいつの間にやら目の前のツインテールの揺れが止まっていたことに気づく。膝の上の第三王女は、気を許しきった表情でアンジェに背中を預けて夢の中に旅立ってしまっていた。
「ふふふっ、シルヴィちゃんがここまで早く懐くのは本当に珍しいことですよ。アンジェちゃん、きっと今までたくさん頑張ってきたのですね」
セリーヌの一言が、まだまだ深い傷跡が残るアンジェの心を、あたたかい毛布でそっと包み込んだ。
かつてのアンジェは、聖女という肩書によって多くの民衆から敬われていた。その代わり、誰もがその肩書と『聖女の力』しか見ていないという現実もありありと感じていた。それまでに接してきた民衆のほとんどが、アンジェを名前ではなく『聖女』と呼んでいたことが良い例である。
聖女だったころはそれでも良いと思っていた。……いや、考えないようにしていた、というのが正しいかもしれない。自分の力で誰かを助けることこそを至上の命題としていた当時のアンジェにとって、そんなことは所詮些末な問題に過ぎなかったのだ。
ところが、偽聖女と断罪されたことで、アンジェの本質を知らない多くの人物が彼女を大罪人として扱うようになってしまった。この時初めてアンジェは、自分自身を見てもらえないさみしさと苦しさを自覚したのである。シャルロットとメリッサがそばにいなければ、とうに壊れてしまっていたかもしれない。
しかし、女王にしても二人の王女にしても、特殊な力由来とはいえアンジェ自身を、アンジェが積み重ねてきたものを評価してくれた。そのことが、アンジェにとってはどうしようもなく嬉しかった。
心臓が高鳴り、目頭が熱くなる。その感情の赴くまま、アンジェが口を開く――より、少しだけ早く。
「あぁ、シルヴィちゃんうらやましいなぁ……ねぇアンジェちゃん、もう一回ぎゅぅってさせてくれませんか……!? ちょっとだけ! ちょっとだけでいいので!!!」
「え、えっと……シルヴィ殿下がお目覚めになってしまうので、また別の機会に……」
突然スイッチが切り替わったかのように鼻息荒く迫ってきたセリーヌの勢いに、こみ上げてきた涙は音もなく引っ込むのだった。
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オチをつけないと死んじゃう病に罹患されてそうなクレマン王家の皆様
そして第1部との温度差に読者の皆様が風邪を引いていないか心配な作者
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