第2部:新たな生活、新たな力

第6章:初めての王城

第24話:女王との謁見

 誰かの力になりたい。


 それこそが、かつて史上最大の力を持つとしてドゥラットル帝国中からあがめられていた聖女・アンジェの、唯一にして最大の願いだった。


 辺境の村に生まれ、天涯孤独の身であった彼女は、しかし周囲の環境に恵まれて心優しく育った。誰かのために傷つくことをいとわない彼女は、その心根と偶然も相まって帝国において大きな意味を持つ『聖女の力』を授かり、国のために尽くして回る日々を送ることになる。


 ところが、そんな忙しくも充実した日々は、ある日突然に終焉を迎えた。


 神託による聖女の肩書の剥奪。公的な夜会での力と実績の否定。あまりにも唐突なそれらの出来事は、アンジェの心に深い傷を作り、彼女から自身の願いを叶えるための力さえ奪い取った。


 しかし、彼女は一人ではなかった。


 隣国の王女・シャルロット。長年アンジェに付き従ってきた侍女・メリッサ。肩書でも力でもない、アンジェそのものを慕ってくれる彼女たちの力を借りて、アンジェは無事にシャルロットの祖国であるクレマン王国へと逃れることに成功する。


 果たしてこの地では、どのような運命が待ち受けているのか。


 新しい世界への期待と不安でどこか落ち着かない様子のアンジェを乗せた馬車は、王都の中心、その象徴たる白亜の城へと駆け込んでいくのだった。




 ◆




「楽にして頂戴。アンジェ、メリッサ」


 穏やかながらも威厳を感じさせる女性の声に、アンジェは恐る恐るといった様子で顔を上げた。


 馬車を降りるなり、文字通り目が回るような勢いで湯浴みやら着替えやらをさせられて通された謁見の間。居並ぶ臣下達を従えて、その中央の玉座に座る女性こそが、今しがたアンジェに声をかけたクレマン王国の女王その人だ。


 三人の子をもうけ、中年と呼ばれる年齢に差し掛かっているとは思えないほどに若々しい女王は、立場に反して人懐っこい笑みをたたえて口を開く。


「ようこそわがクレマン王国へ。……アンジェ、貴女のことは常々シャルロットから聞いているわ」


「はっ、はいっ。その、もったいないお言葉でっ」


「ふふ、そんなに固くならないで。私のことは友達のおばちゃんくらいに思ってくれて構わないわ」


 そういわれても、と、ずいぶんとフランクな女王に対してアンジェは内心困惑する。


 確かにかけがえのない友人であるシャルロットの母親なのだから、友達のおばちゃんというのも間違ってはいない。……いないのだが、何しろ相手は国家元首。これで気安く接した結果、不敬だのなんだので二度目の国外追放を受ければ、今度こそアンジェには行くあてがないのだ。


 しかし、そんなアンジェの内心など知る由もない常識はずれが、彼女の隣に一人。


「そうですわよアンジェ様! お母さまなんて、ついこの間も小じわが増えたとかなんとかって――」


「シャル、正座」


「なんでですの!?」


 形はアンジェに向けていたまま、しかし目だけは全く笑っていない笑顔で床を指差す女王に、「ほんの冗談のつもりでしたのに……」とぼやきながらもシャルロットはしぶしぶ正座する。


「……これ、笑っていいやつなんでしょうか」


「ごめんなさいメリッサ、それは今一番私が聞きたいです」


 傍らに控えている、言葉に反して到底笑うことのないだろう鉄仮面な侍女に、アンジェはそう返すので精一杯だった。


「さて、このバカ娘のことは置いておいて……アンジェ、メリッサ。私も貴女たちの大方の事情は聴いているわ。大変だったわね」


 微かに肩を震わせていた臣下達の気を引き締めようと咳ばらいをしつつ、女王は二人に労いの言葉を述べる。陽だまりのような声色に安堵しつつも、しかしアンジェはふと違和感を覚えた。


「……その、女王陛下。自分で言うのも変かもですけど……私のこと、信じてくださるんですか……?」


 アンジェの脳裏に苦々しい記憶がよみがえる。親の仇を見るような目で断罪してきたドゥラットル帝国の皇子・ロランス、嬉々として糾弾してきた新しい聖女・アレクシア、そして実際に聖女の力を目の当たりにしたにもかかわらず国の一声で手のひらを返した民衆たち。これらの誰一人としてアンジェの主張に聞く耳を持たず、その言葉が届くことはなかった。


 だが、目の前の女王の夕焼け色の瞳からは、疑念など欠片も感じられない。そのことが、他者からの評価に過敏になっているアンジェには確かな引っ掛かりとなっていたのだ。


「えぇ、もちろん」


 しかしながら、女王の答えは明快だった。


「今こうして貴方たちを見ていても、邪念の類は全く感じないわ。帝国ではその力で国を呪ってた、なんて話になっているらしいけれど、そんな危険な力の兆候もない。……何より、シャルがあんなに入れ込んでいる娘が悪人なはずないもの」


「当然ですわ! わたくし、人を見る目には自信がありますのよ!」


「シャル、誰も膝を崩して良いとは言っていないわ」


 得意げに胸を張るシャルロットに女王の鋭いツッコミが入り、シャルロットは再び背中を丸める。臣下達がまたしても肩を震わせていることから、どうやらこれが王城での日常らしいと、アンジェは戸惑いつつもそう理解した。


 ===


 絶対に笑ってはいけない謁見24時開幕


 というわけで、シャル様の正座から第2部スタートです。

 ひとまずアンジェの未来は楽しいものになりそうですね!(気が安らぐとは言っていない)


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