第5章:旅立ち

第22話:味方、いない……?

 史上最高の力を持つとされ、日々帝国内を巡っては精力的に民に尽くしてきた聖女、アンジェ・バール。


 彼女が偽物の聖女と判明し国外追放処分を受けたことは、夜会の翌日には正式に皇城より発表され、瞬く間に帝国全土へと知れ渡った。


 ドゥラットル帝国において、聖女を騙るは重罪。国民たちは当然ながらアンジェのその行為を非難し、これまでの行動の全てを糾弾した。その感情は特に、聖女の力による祝福――皇城からは紛い物の力による呪いと説明されている――を受けた者ほど大きい傾向にある。


 帝国西部、帝都から離れクレマン王国の国境にほど近いこの村でも、そんな騒動の余波が続いていた。


「ったく、なんてことしてくれたんだあのガキは……おかげで余計な仕事が増えちまったじゃねぇかよ」


「全くだ。紛い物の力で国を呪って回ってたんだろ? 狂ってるとしか思えねぇな」


「うちの娘、あの偽聖女に治療されちゃったんだけど大丈夫かしら……?」


「あぁ、そんなら教会で本物の聖女様がお配りになってる聖水をもらいに行きな。そいつで呪いは浄化できるってよ」


「おい、偽聖女が呪いをかけた品はこれで全部か!? さっさと封印すっぞ!」


 村人たちの怨嗟の声が渦巻き、かつて祝福を施した物品や作物がゴミのように扱われている。


 その様子を馬車の窓から眺めていた少女――アンジェは、悔しそうに唇を噛みしめながら目を伏せた。


 シャルロットの従者が用意した馬車で帝都を去ってから数日。無理やり聖女の力を行使した影響は癒え、体の痛みは消えているものの、別種の痛みがアンジェの胸を貫いている。


「アンジェ様」


 そんな彼女の手に、隣に座るシャルロットが自身の手を重ねる。彼女の手のあたたかさが、むしろ自分の冷たい心の温度を強調するようにすら思えてしまう。


「……大丈夫です。仕方ないことですから」


 皇帝の名のもとに出されたお触れを信じることは、何も間違っていない。だから民衆が自身をこのように扱うことも当然だと、頭では理解している。


 ……それでも、自分が全てを懸けて尽くしてきた人々からの手のひら返しは、何度見ても慣れることはできなかった。シャルロットへの回答に反して、アンジェの瞳は潤み、手は震えている。


「好きにさせておけば良いのです。もう、アンジェ様と彼らの間には何のつながりもないのですから」


 正面からの声に顔を上げると、いつも通りの仏頂面をしたメリッサと目が合った。


 彼女は村人たちの姿を一瞥し、アンジェに視線を戻したかと思うと。


「あんなどうでもいい村人たちのことより、これからいかにしてアンジェ様を愛でていくかについて考える方が百倍有益だと思いませんか」


「すみませんメリッサ、ちょっと何言ってるかわかんないです」


 少なくともその言葉は、愛でる対象本人に向けるものではないだろう。アンジェの困惑ももっともである。


 どうにもこの侍女、教会の首飾りと一緒に頭のネジやら安全装置やらまでまとめて踏み抜いたのか、あれ以来アンジェへの感情が何かおかしなことになっていた。


 ……アンジェはあずかり知らないことだが、メリッサはアンジェに付き従ううちにすっかりその魅力のとりこになっていたのを聖女に仕えるという使命感で無理やりに押さえ込んでいただけだったため、わりと前から内心はこんな感じだったりする。


 つまりはあの一件でおかしくなったのではなく、単純に元からおかしかっただけだ。……余計に質が悪いので、このことにアンジェが気づかないよう祈るばかりである。


 そして、この場には『おかしい人』がもう一人。


「そうですわねメリッサ! 時間はいくらでもありますもの、わたくしたちがたっぷり愛でて、アンジェ様を幸せにしますわよ!」


 アンジェの小柄な体を風魔法の補助も併せて軽々と自分の膝の上に迎え入れたシャルロットもまた、満面の笑顔でそんなことをのたまった。


「まずはお召し替えですわね! アンジェ様はずっと白いローブをお召しでしたが、他にもお似合いになるお召し物がたくさんあるはずですの! 国に帰ったらさっそくお抱えの職人にいくつか仕立ててもらいましょう!」


「僭越ながら、私もアンジェ様にお似合いになるデザインを以前から考えておりました。こちらなどいかがでしょうか」


「ふむふむ……なるほど、素晴らしいですわ! あとはもう少し攻めて、肩を出すのはどうかしら? この美しいラインが人目に触れないのは人類の損失だと常々考えておりましたの」


「でしたら、こちらなどいかがでしょうか。アンジェ様の美しい肩のラインを際立たせつつ、品のあるレースをあしらっております」


「……メリッサ、貴方とは仲良くできそうですわ」


 ――あれ、もしかして私の周り、味方、いない……?


 自分の体のあちらこちらを触りながら実に楽しそうに衣装談義を繰り広げる二人を眼前に、アンジェはぼんやりとそんなことを想った。


 もちろん二人とも敵ではないし、むしろ過剰ともいえるほどに愛情を注いでくれるのは嬉しいのだが。注ぎ方がだいぶぶっ飛んでいるがゆえに、どうにも素直に受け止めきれないアンジェなのであった。


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