第21話:侍女の想い

「め、メリッサ!? 何をして――う゛っ……!」


 メリッサの暴挙に、アンジェが泡を食って立ち上がろうとする。が、全身を襲う痛みに顔をしかめてすぐにソファに沈み込む。そんなアンジェに寄り添いながら、シャルロットもまた目を丸くしていた。


 自分が聖職者であることを証明する身分証である首飾り。しかも聖女に仕えられるほどに高位であることを示すものとあらば、それ自体の価値も非常に高い。


 それを足蹴にするというのは、教会に反旗を翻したに等しい行為だ。この場に目撃者がアンジェとシャルロットの二人しかいないとはいえ、首飾りについた傷は易々と消せるものではなく、彼女の所業が明るみに出るのは時間の問題だろう。


 すなわちこの瞬間、メリッサは職も、身分も、帰る場所も失ったのである。


「……貴女、本気なの?」


 既に事が起こった後であるのに、シャルロットは信じられないといった様子で問いかけた。アンジェもまた、痛みをこらえながら呆然とメリッサを見つめている。


 そんな二人を見据えて、メリッサはきっぱりと答えた。


「はい。私がお仕えするのは、アンジェ様ただ一人です」


 彼女はいつもの鉄仮面な表情で、しかし声には確かな自信をもってしゃべり始めた。


「私はアンジェ様のお人柄をよく知っているつもりです。常に目の前の相手の幸福を考え、自分の犠牲を一切いとわない。そんなアンジェ様が、意図的に他人をだますとは到底思えません。アンジェ様か教会のどちらかが虚言を吐いているのだとするのならば、私は間違いなく後者を怪しみます。……いまが、まさにそうです」


 メリッサのゆるぎない声色に、アンジェはまたしても目頭が熱くなるのを感じた。


 シャルロットにしても、メリッサにしても、肩書でも力でもない自分自身を信じてくれている。それは何だかこそばゆいような、心地良いような、不思議な感覚で。心が少しだけ綻ぶのを、アンジェは確かに感じていた。


 そして、そんなアンジェに対して、メリッサは驚くほどに自然な微笑みを浮かべて。


「……アンジェ様の無理や無茶についていける侍従は、私くらいだと自負しております。どうかもう少しだけ、お供させていただけないでしょうか」


 それはまるで、最愛の妹のどうしようもない我儘を受け入れるかのような表情。誰の目にも、主従だけでない確かな思いを伺える、そんな穏やかな微笑だった。


「……シャル様」


 アンジェはまっすぐにどこまでも射抜けるような強い輝きを放つ瞳をシャルロットに向けた。それはつまり、誰が何と言おうとこの気持ちを曲げることはないという、確固たる意志の表れである。……もとより、今のやり取りを見てなおメリッサを疑うつもりなど、シャルロットにはなかったのだが。


 だから、確認は手短に。


「いいんですわね?」


「はい。これが罠でも、メリッサなら諦められます」


「なら、わたくしから申し上げることは何もございませんわ」


 少しばかり肩をすくめて見せたシャルロットに小さな苦笑で返すと、アンジェは改めてメリッサに向き直った。


「……メリッサ、お願いします。私たちが国を出るのを手伝ってください」


 黒髪黒目の侍女は、今度こそ誰にも止められることなくアンジェの元まで歩み寄ると、恭しく一礼する。


「はい。この身に代えましても、必ず」


 そういって顔を上げたメリッサは、いつも通りの仕事中の表情に戻っていて、アンジェは少しだけもったいなさを覚えるのだった。


 そして。


「……さて、話がまとまったところで、早速ここを出ましょうか。ではアンジェ様、わたくしの背中に――」


「アンジェ様は私がお運びいたしますので、シャルロット殿下は露払いをお願いいたします」


「……は? いえ、ここは帝都の地理にも詳しいであろうメリッサが先導するのが筋ではなくて?」


「道案内はアンジェ様をお運びしながらでも可能です。一方で、この場で最大の戦力はシャルロット殿下でございます。ゆえに、万が一のためにお体を空けておかなければなりません」


「それは……いやでも、見たところ貴女もそれなりに戦えるでしょう?」


「所詮それなりにすぎません。最悪の可能性を危惧して行動する必要があるのは、シャルロット殿下もよくご理解されているかと思いますが」


「ぐぬぬ……」


「ご心配なさらずとも、アンジェ様のご負担が最小限になるようにお運びいたします。そのためにしっかりと、互いの体温が移るくらいに体を密着させるのはやむを得ないことですね」


「ちょっ、貴女やっぱりそれが目当てではありませんの!? 貴女は日ごろからアンジェ様をお世話してるのですから、こんなときくらいお譲りくださいまし!」


 ――私、この人たちに連れていかれて、本当に大丈夫なのかなぁ……?


 突然発生した自身を巡る謎の争いを傍観しながら、アンジェはどこか遠い目をしてそんなことを考えるのだった。


 ===


 おまけ ※本編とは全くの無関係です


 アンジェ「そういえばメリッサ、私がここにいるってどうやってわかったんですか?」


 メリッサ「匂いです」


 アンジェ「……はい?」


 メリッサ「匂いです(真顔)」


 アンジェ「……」


 アンジェ「(この人に体を預けて、本当に大丈夫なのかなぁ……?)」タラリ


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