第19話:襲われた理由

「えっと……その、シャル様? 私、ちょっとお話についていけてないんですが……」


 おずおずと説明を求めるアンジェに、自分がようやく言葉足らずどころじゃないくらい言葉足らずだったことに気が付いたシャルロットは、慌てた様子で口を開いた。


「も、申し訳ございませんわ、アンジェ様! ……では、順を追って説明しますわね」


 そうしてシャルロットは一つ咳ばらいをして、表情を引き締めてからアンジェに問いかけた。


「アンジェ様は、この襲撃者の方々はどなたが差し向けたものだと思われますか?」


「え? それは……ロランス殿下、じゃないんですか?」


 先の夜会で、先頭に立ってアンジェを糾弾し断罪したロランス。普通に考えれば、彼がアンジェの国外追放処分を完遂するためにシャルロットのもとからアンジェを連れ出そうとした、とするのが自然だろう。


 しかし、シャルロットは首を左右に振る。


「わたくしも最初はそう思いましたわ。ですが、そうすると三つばかり、解決できない疑問がありますの」


 まず一つ目、とシャルロットは指を一本立てて続ける。


「あの皇子は、アンジェ様に大した執着を見せていなかった。わたくしがアンジェ様を連れ出したときも、驚いてこそおられましたが別に止めようとはしておりませんでしたの。なのに今になって人を差し向けてくるのは、違和感がありますわ」


 それから二つ目、とシャルロットの指がもう一本立つ。


「襲撃者の男は、目的はアンジェ様の身柄ただ一つと言っておられましたわね。もしあの皇子が指示を出したのなら、彼の者の断罪劇に割り込んだわたくしも標的となっていいはずですわ。なのに、そうではなかった。……まぁ、眼中になかっただけ、というのもあり得るので、これはそこまで大きな話ではございませんが」


 そして三つ目、と三本目の指が立った。


「この疑問が一番大きいのですけれど……あの皇子が指示したのなら、罪人の捜索という国としての命令にできる。そうすれば、こんな闇討ちのようなことをせずとももっと簡単にここまでたどり着けたはずなのですわ。なのに、彼らはそれをしなかった。それは何故なのでしょう? ……これらの疑問は、前提を変えることでいずれも解決することができますわ」


 それは、つまり。


「差し向けたのは、ロランス殿下じゃない……?」


「その通りですわ」


 我が意を得たり、とシャルロットが首肯する。


「首謀者が別人だとすれば、急にアンジェ様を狙ってきたのも、わたくしが標的にならなかったのも、その者の目的に沿った形だと考えられますわ。それに、皇族でないのですからその名を用いた命令など出せるはずもありません。……まず間違いなく、別人と見て良いでしょうね」


 アンジェも納得したようで、こくこくと頷いている。そのうえで、


「……あれ、でしたら、私を狙ってきたのは何者なんでしょうか……? そもそも、何のために……?」


 浮かんできた新たな疑問を口にする。


 この国において、アンジェは現在聖女を騙った大罪人という扱いになっている。かくまえば自分も罪に問われる、腫れ物以上に厄介な存在だ。


 加えて、彼女自身が持つ力も夜会という公の場で紛い物と断じられている。そんな怪しい力をあてにして、見つかれば罪に問われる行為に手を染めるものがいるのか、アンジェには想像がつかない。


 そんなアンジェの問いかけに対して、シャルロットの回答は明快だった。


「首謀者はおそらく、アンジェ様の力が本物だという確証を得ているのですわ。そうなれば、その力が生み出すであろう莫大な利益は、少々危険を冒してでも取りに行くべきと考えても不自然ではありませんの」


「……待ってください、シャル様。私の力は、先の夜会で聖女の神託とともに否定されてます。証拠と言えるものなんて、何も」


 アンジェは悲し気に呟く。


 アンジェ自身はもう自分の力を疑っていないし、初代聖女からもお墨付きをもらっている。だが、そこに客観的な証拠の類は存在していないのだ。アンジェ本人ですらそうなのだから、他に証拠を持っている人物などいようはずもない。


 そして、シャルロットはアンジェのその考えを肯定した。


「えぇ、確かに『力が本物である証拠』は誰も持っていないと思われますわ。対して、『力が本物でない証拠』は、神託という形で残されておりますわね」


「だったら――」


 言いかけて、アンジェは言葉を飲み込んだ。


 何か、シャルロットがとんでもないことを口にしたのに気が付いたからだ。


『力が本物である証拠』はない。ただし、『力が本物でない証拠』ならある。


 それは、王家に届けられた書状。現聖女を否定し、新たな聖女を任ずるという、ドゥラットル帝国の長い歴史に会っても前例がない神託。


 あの断罪劇からわかる通り、聖女の任命においては神託が絶対だ。だというのに、首謀者はその神託をまるで嘘だとでもいうかのように、刺客まで差し向けてアンジェを攫おうとした。


 ……そう、それが嘘だと、わかっているかのように。


 最早驚きに言葉も出ないアンジェに代わって、シャルロットが結論を口にした。


「『力が本物でない証拠』、それ自体が正しいかどうか――それは、証拠を出した当人がよくご存じでしょう。つまり、教会の中の何者かが神託をでっちあげ、正当な聖女の力を持つアンジェ様を自らの支配下に置こうとしているのですわ」


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