第3章:襲撃
第13話:ぶっとばしてさしあげますわ!
貴族が利用する前提の寮だけあって、扉も当然頑丈に作られている。そんな扉が木っ端みじんになったのを見て、アンジェは呆気に取られていた。
「アンジェ様、こちらに!」
対して、シャルロットの動きは速かった。破片などの危険がないとみるや、すぐにアンジェを立たせて出入口とは対角の壁へと誘導し、自分は彼女の前に陣取る。その迅速な行動が功を奏し、扉を破壊した何者かが次の手を打つよりもずっと早く、アンジェを守る体勢を整えることができた。
破壊された扉の向こうから、黒の軽装鎧に身を包んだ男たちが飛び込んでくる。数は三。それぞれが鈍く輝く短剣を片手に、隙のない所作でシャルロットを牽制している。後に続く黒いローブの男たちは、短剣持ちの男たちから少し離れた後方に陣取り、いつでも魔法を放てる構えだ。
突然の出来事に、そして命を奪いうる鈍色の輝きに、アンジェが顔を青くする。
そして、部隊の展開が終わり辺りを緊張感が包んだところで、長剣を帯びた大柄な男がシャルロットの前に歩み出た。彼らの代表者なのだろうか、鋭い眼光がシャルロット、次いでアンジェに向けられ、アンジェは思わず身をすくませた。
一方で、全く動じた様子のないシャルロットは、険のこもった声で先頭に立った男に問いかける。
「……ずいぶん物騒ですわね。ここが誰の居室かご存じでして?」
「非礼は詫びよう。しかし、我々は貴殿に用はないし、敵対するつもりもない」
いうなり、男は戦意がないことをアピールするかのように両手を広げて見せる。
それを見たシャルロットは、ひどく不愉快そうに眉を寄せて、
「でしたら早々にお帰りくださいませ。わたくしは大切な友人とのティータイムを邪魔されて大変気が立ってますの」
と、出口を顎で指して返す。
周囲に展開する襲撃者のうち何人かが、その尊大な態度にいら立ちをあらわにするが、代表の男がそれを手で制した。そして、これ見よがしにわざとらしく肩をすくめる。
「やれやれ、流石は二流国家とはいえ王女というだけあるな。随分と肝が据わっている。……それとも、状況がわからないほどに間抜けということか」
我が意を得たりと、一部の襲撃者たちの間から嘲笑が漏れた。
そんな露骨な挑発に、しかしシャルロットは応じない。きゅっと唇を引き結んで、まっすぐに男たちを見据えている。
代表格の男は一瞬興味深そうに眉を上げた。内心で目の前の少女への警戒度を上げつつ、元の冷淡な表情を取り繕って話を戻す。
「我々の要求はただ一つ、そこの偽聖女をこちらへ引き渡せ。そうすれば、貴殿には何一つ危害を加えないと誓おう」
「……わたくしがそれに従うとでも?」
自分に用がない、という時点で、彼らの狙いは明らかだった。ゆえに、シャルロットはくだらないとばかりに、鼻を鳴らして吐き捨てる。
そして、そんな反応も織り込み済みだったのだろう、男は目だけでもわかるような好色をにじませて、値踏みするかのようにシャルロットに視線を這わせた。
「それが貴殿の答えというのなら、それでも良い。……ただし、命と尊厳の保証はできんがな」
ドレスから着替えていなかったことを、シャルロットは少しだけ後悔する。だが、それだけだ。むしろ、そんな不埒な視線がアンジェに向けられるくらいなら、これくらいどうということはない。
しかし、そんなシャルロットの背後で、息を呑む音が聞こえた。周囲を警戒しつつ一瞬だけそちらを見やると、恐怖にうるんだ青い瞳と目が合う。
その瞳はしばらく不安げに揺れていたが、やがて何かを決意したかのように、強い光を放ち始めた。
――シャル様、逃げてください。私なら大丈夫ですから。
アンジェの瞳は、確かにそういっていた。
あんなことを言ってくる輩が、アンジェをまっとうに扱うとは考えられない。それはアンジェとて理解しているはずだ。そのうえで、アンジェは自分を犠牲に、ただの友人であるシャルロットを救おうとしている。……自分がどのような目に遭おうとも。
――全くこの人は、どこまで聖女でいらっしゃるのでしょう。また推しポイントが増えてしまいましたわ。
「……それは脅しのつもりでして? できないことをいうものではありませんことよ」
シャルロットは男の言葉を一笑に付すと。
「あなた方のような下賤な者たちは……わたくしが全員まとめて、ぶっとばしてさしあげますわ!」
ぐっと握った拳を男たちに向かって突き出しながら、高らかに宣言した。
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