第12話:初めての我儘
「――というわけで、わたくしはアンジェ様ご自身を心より愛しているのです。肩書も力も関係ございませんわ! よろしいですわね?」
「……はい」
さらに肌ツヤが増したように見えるシャルロットに対して、ソファに沈み込んだアンジェがかすれた声で答える。
やっぱり助けられる人を間違えたんじゃなかろうか、と思わなくもないものの、これだけ熱い思いを向けてくれることは素直に嬉しいために否定しづらい。……ちょっと熱すぎるけれども。
「そもそも、アンジェ様は存在するだけでわたくしの元気の源になるという唯一無二の価値がございますのよ!たとえアンジェ様が一生職に就くことがなかったとしても、わたくしが必ずや養いつくして見せますわ!」
「い、いや、それは流石に申し訳ないといいますか……」
「大体、アンジェ様は今までが働きすぎでしたのよ! 今お力が使えないのはきっと、神様からのもう少し休めというメッセージに違いありませんわ!」
いつものように、アンジェに成り代わって怒ってくれるシャルロットの姿を見て、アンジェは改めて考えてみる。
思えば、聖女になってからの十年間、休みと言える休みはなかったかもしれない。毎日どこかしらに出かけては、その力で傷を癒し、大地を豊かにし、魔物を浄化する。くたくたになるまで職務をこなして、後は身を清めてから眠るだけ。
そんな暮らしが苦痛だったかと問われると、決してそのようなことはない。感謝を伝えてくれる人々の声は力になったし、少しでも助けることができたという実感が喜びになり、もっと頑張ろうというモチベーションにもなった。自分が少しくらい疲れても、しんどくても、それだけでアンジェは頑張ることができていた。
それでも、訪れた先の村で無邪気に遊ぶ子供たちや、帝都で流行っている食べ物の屋台で買い食いをしている同世代の女の子たちをうらやましく思ったことは、一度や二度ではない。自分がやりたいこととやるべきことを天秤にかけて、常にやるべきことを選び取ってきただけだ。……そこに、アンジェの人間らしい生活は、なかった。
「……私は」
知らず、アンジェの唇から弱々しい声が零れていた。
「私は……休んでもいいのでしょうか。立ち止まっても……寄り道しても、いいのでしょうか……?」
それは、五歳という若すぎる歳のころから自分を聖女という枠に嵌め、ただがむしゃらに使命をこなしてきた少女が、初めて零したかもしれない我儘だった。
「えぇ、もちろんですわ」
そして、シャルロットはそよ風のように微笑み、彼女の両手を取る。アンジェの小さな手を包み込んでくれるシャルロットの手のひらは、体温以上の温かさに満ちていた。
「アンジェ様は、生きたいように生きて良いのです。そのためにお休みが必要なら、いくらでも休みましょう。寄り道だっていくらでもしましょう。わたくし、どこまでだってお付き合いいたしますわ」
「……はい」
アンジェはこの日初めて、心から微笑むことができたのだった。
「では、明日にでも帝都を発ちましょう。……今日はもう遅いので、どうぞこの部屋にお泊りになってくださいませ」
「……」
「……アンジェ様? その目はどういう目でして?」
「……触っちゃダメですからね。あと、匂い嗅ぐのも」
「えっ……えぇもちろん! わわわたくしがそのようなことをいたすわけがございませんわ!」
狼狽えるシャルロットに、少しはお返しができたと内心で留飲を下げるアンジェ。
波乱の一日はこうして、穏やかな雰囲気で幕を閉じる――ことは、なかった。
「――っ!? アンジェ様、伏せて!」
言うが早いか、シャルロットがアンジェを庇うかのように覆いかぶさり、彼女を床のほうに押し倒した。
「っ!? ……しゃ、シャル様、どうし――」
打ち付けた背中の痛みに眉を顰めるアンジェの問いかけが形になるよりも先に、彼女の視界の中で、部屋の扉が吹き飛んだ。
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