第14話:暴風の王女様

「残念だ。では、少々痛い目を見てもらうこととしよう」


 言葉とは裏腹に、愉悦にも似た感情を目の奥に灯した代表格の男が後方に下がるのと同時に、前衛の三人が一斉に動き出す。


 彼らは統率のとれた動きでシャルロットを三方向から囲い込み、獲物を見せつけるかのように構える。そのまま言葉もなく正面の男がシャルロットに肉薄し、短剣を振りかぶった。


 アンジェを背中に庇っているシャルロットは大きな回避行動をとれない。そんなことをすれば、その凶刃がアンジェに向かうのは自明だからだ。かといってシャルロットは丸腰であり、相手の得物を受け止める手段もない。さらには正面の男の一撃をどうにかいなしたとて、両脇に展開した男たちが追撃の機会を虎視眈々と狙っている。まったくもって無駄のない狩りの陣形だ。


「しゃ、シャル様っ!!!」


 アンジェが悲痛な叫びをあげ、代表格の男が覆面の下で歪んだ笑みを浮かべた、その時。


「――お退きなさいっ!!!」


 シャルロットが鋭い声とともに右手を横なぎに払った瞬間、一陣の突風が吹き抜けた。その風は、今まさに強烈な一撃をシャルロットに見舞おうとしていた男も、両脇で身構えていた男たちもまとめて、反対側の壁まで吹き飛ばしていた。


 一拍遅れて、男たちが壁に叩きつけられる鈍い音が響く。彼らはそのままずるずると壁を滑り、やがて床に崩れ落ちて動かなくなった。


「……は?」


 代表格の男の口から、思わず困惑が漏れた。


 何しろ、大の男、それも訓練の末とびぬけた体捌きの技術を身に着けた諜報・暗殺専門要員である部下が三名、同時に吹き飛ばされて意識を刈り取られたのだ。単に魔法の出力が高いなどというものではない。恐ろしいほどに緻密な魔力操作によって適切な強さの突風を発生させ、気を失う程度の衝撃を与えられるように調整したのだ。


 最初の一撃をそのように的確に分析した男は、即座に目の前の少女への警戒度を最大まで引き上げて指示を飛ばす。


「集中砲火だ! 数で押しつぶせ!」


 そう、確かに目の前の女がとびぬけた魔法使いであることはわかった。だが、どれだけ能力が高かろうと、一人は一人。魔力にだって限界はある。魔法の撃ち合いとなれば、いずれは数で勝るこちらが押し込める。


 即座に消耗戦へと戦法を切り替えた男の怒声に、初撃で一様に茫然としていた後衛の魔法使いたちが、はっとして一斉に詠唱を始める。いずれも上級の、下手したらこの部屋ごと吹き飛ばしかねないような魔法が、二桁近い数の魔法使いたちによって放たれようとしていた。まともに受け止めようと思えば、相応の魔力を消費するのは必至である。


 ……しかし。


「遅いですわ、ねっ!」


 瞬間移動もかくやという速さで最も近い位置にいた魔法使いに肉薄したシャルロットが、掌底とともに小さな竜巻を彼の腹部に叩きこんだ。瞬間、反射的に展開した障壁ごと錐もみ状態でその体が宙を舞い、悲鳴とともに何名かの仲間を巻き込んで壁にめり込む。二度、三度と同じことを繰り返せば、あっという間に魔法使い部隊も全滅。立っているものは最早代表格の男、ただ一人となっていた。


「さて、お仲間様は全員夢の中ですが……まだ続けられますかしら?」


 油断なくアンジェを守れる距離に入れたまま、シャルロットは涼しい顔で代表格の男に相対する。


「……どうやら、戦う相手を間違えたようだ」


 昏睡している十数人の部下たちを一瞥し、男は嘆息して長剣を放り出した。長剣は一度跳ねてから床を滑っていき、誰も手の届かない壁際で止まる。武装の解除、すなわち降伏宣言だ。


 その行動に眉をひそめたのはシャルロットだ。裏家業に生きるものが、自らの仕事をこのような形で投げ出すなど、通常考えられない。成功させるか、失敗して死ぬか、基本的にその二択だ。有象無象の子悪党ならまだしも、シャルロットに秒殺されたとはいえそれなりの実力を持った集団とあらばなおさらである。


「……どういうつもりですの?」


「見ての通りさ。俺にもう戦う意思はない。彼我の戦力を見誤ったこちらの負けだ」


「……だから見逃せ、とでも?」


「じゃあなんだ、貴殿は戦う意思のない他国の人間に対して振るえる拳を持っているのか」


 どうにも男の意図が読めない。本当に降伏して何らかの情状酌量でも得ようというのか、はたまた逆転の一手でも隠し持っているのか。


 しばし考えたシャルロットは、


「……では、一度眠っていただいてから拘束し、しかるべきところへ連行します。よろしいですね?」


「あぁ。お手柔らかに頼む」


 幾度目かの突風が吹き、男は無抵抗にそれを受ける。壁に勢いよく叩きつけられた彼は、そのまま床に倒れ伏せて部下たちと同様に意識を失った。


 怪しい動きは見えなかったものの、相手はこのような闇討ちを仕掛けてくる集団の中心人物。罠の類を警戒しつつ、シャルロットは魔力でロープを生成し、男に接近する。


 と、その時。


「――~~!」


 背後からアンジェの、鬼気迫るような声が聞こえたような気がして、シャルロットは後ろを振り返った。


「なっ……!?」


 そして、先ほどまで床に横たわっていた持ち主のいない長剣が、自分に向かって空中で大きく振りかぶられている光景を、目の当たりにしたのだった。


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