第5話:王子の詭弁と新たな影
夜会の会場は、先ほどまでの和やかな雰囲気が嘘のように凍り付いていた。第一皇子の声の残響が止んでからも、誰一人として身動ぎすらしない。いや、できない。
そんな中、大勢の参加者と同じく硬直していた、たった今罪を言い渡された張本人が口を開いた。
「……ろ、ロランス殿下、何をおっしゃって……!? わ、私、騙してなんか……!」
「黙れ、この偽聖女が!」
「ひっ!?」
アンジェがどうにか絞り出した声は、ロランスのさらなる怒声にかき消された。アンジェは小さく悲鳴を上げ、ただでさえ小さな体を竦める。
侮蔑の表情でその姿を一瞥したロランスが手で合図をすると、後方に控えていた従者が進み出て、彼にある封筒を手渡した。そこから取り出された書状には、アンジェが乗っていた馬車に掲げられていたものと同じ紋章――この国の神事の一切を取り仕切る教会の紋章が描かれていた。
「これは今朝、皇室に届けられた教会からの書状だ。無論、本物であることは確認済みである」
アンジェに、というよりはこの場にいる貴族の子息たちに向けて説明するように、幾分か声のトーンを落としてロランスが語り掛ける。
そして、まるで舞台の決め台詞を謳い上げるかのように、高らかに言い放った。
「ここにはこう書かれていた。『神の名のもとにおいて任ずる。真の聖女はアレクシア・フーコなり。現聖女アンジェ・バールは聖女に非ず』と!」
会場内の視線が、書状から一気にアンジェに集中する。当のアンジェは、大きく目を見開いて立ち尽くしていた。
――そんな、そんなわけない……! だって、私、あの時……!
十年前、まだ辺境の村に住んでいたころ。目の前で魔物に襲われそうになっていた同い年くらいの少女を前にして、アンジェは確かに聞いたのだ。
『ようやく、この力を預けられる者と巡り合うことができました。次代の聖女として、この力で貴女が愛する全ての者を救ってあげてください』
とても清らかで、穏やかな女性の声。そして、直後に体に満ちる大きな力の気配。
目の前の危険を打ち払ってから一週間と経たないうちに、アンジェが住まう家に豪奢な意匠の馬車が訪れてきて、アンジェは教会へと迎え入れられることとなった。
そうしてアンジェは、聖女としての道を歩き始めたのだ。
だというのに、その教会からのものであるはずの書状は、そんな過去を真っ向から否定するもので。周囲から向けられる視線が徐々に罪人を見るものに変わっていくのを感じながら、アンジェは必死に反論の言葉を探す。
「……っ、あ、ありえません、そんなこと! 私は確かに神託を受けて……な、何より、この力は本物です! 今日だって、この力で皆さんを――」
そう、仮に自分を聖女として認めないような神託が下りたのだとしても、この体に宿る聖女の力は本物だ。それは、あの時頭に響いた声が伝えてくれたし、なによりこれまでの十年間が証明してくれる。
まるで一筋の光明を見出したかのように、勢い込んで主張を始めるアンジェだったが。
「それは、貴様が聖女だという前提があってこそだろう」
その言葉は、あっけなくロランスに遮られた。
「確かに、貴様のその力は歴代最強と謳われるものだ。それは認めよう」
「で、でしたら」
「だが、それが即ち『聖女』であることにはつながらない」
言葉の意味が解らず、アンジェは口を開きかけたままで押し黙る。そんなアンジェを小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、ロランスは余裕の表情で続ける。
「『聖女』が振るうから『聖女の力』なのだ。つまり、聖女でないとされた貴様が如何に似たような力を使えたとしても、それは『聖女の力』ではない。そして、『聖女の力』を使えない貴様は『聖女』ではない」
ロランスが語る理論は、初めからアンジェを否定するために作られたようにも思えるものだ。しかしながら、アンジェにはこれを否定するだけの材料がない。『神託』という客観的な根拠を失った時点で、アンジェにはほとんど反論の余地など残されていなかったのだ。
そこに、追い打ちをかけるかのように。
「みぐるしいわよ、偽聖女」
切りつけるような甲高い声とともに、一人の女性が舞台へと躍り出た。
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