修正


「おう、道玄坂、俺の言う事聞いてくれんだろ? ならちょっと手伝えや」


 汗だくの激渋男、田中が搬入を終えたあたしの所に来た。


「はっ? あんた作品は?」


「色々あってぶち壊れた。今から作り直す。手伝えや」


「ちょ、ちょっと!? 手、手握っちゃってる!? あ、あたし、結婚!?」


 突然手を握られて心がときめいてしまった。

 しかし、修復部屋に着いたら一瞬でそんな感覚は消えて無くなる。


「マジで……。何があったのよ……」


 簡単な修復だと思ったら全損じゃない。ケースの土台だけ存在してて、作品はどこにもなかった。


「指示だして」


「おう、お前やっぱり気持ちのいい奴だな。平塚、こいつに指示だしてくれ。俺は引き飴のパーツに集中する」


「……道玄坂? まあいいわ。あんたなら心強いわ。パラチ160度、赤と黒の色粉混ぜて流し飴のベース作って。可能なら引き飴が足りないからそれも作って欲しいけど……。私は流し飴の型を作るわ」


「マジで作り直すの? こんな状況で全く同じ引き飴作れると思ってるのか?」


 花の引き飴は10個作ってそのうちの一番出来が良い一個を使うほどだ。

 あの作品は全てのクオリティが卓越した完成度を保っていた。造形で誤魔化していない。それが一番むずかしい。あたしの課題でもある……。誤魔化しの効かない技術のみで作り上げた作品。


 しかもちゃんとした設備の下で作り上げた作品用のパーツ。

 こんな場所とは雲泥の差だ。


 平塚が首をくいっと動かす。

 その方向には田中が引き飴の作業に入っていた。


 さっきまでと雰囲気が違う。別人と言っていい。

 熊のような手、大きな身体で硬い飴を機械のように正確に引いている。

 驚くべくはその速度。

 尋常じゃない速度は湿度が入り込む隙間がない。一つを作り終えるとすぐに乾燥剤が入ったタッパーにしまう。



「はっ? なに、あれ? 笑ってる?」


「これはあいつの作品。私達が手伝えるのはちょっとした補助。それでも飴細工のトップランカーのあんたがいたら心強いわ。道玄坂、あんたに頼むのはしゃくだけど、マジで力貸して」


 こんな孤高の姫様の顔なんて見たことなかった。

 あの平塚があたしにお願いをしている……。


 ていうか、田中、血が滲んでるじゃん。


「いいよ、ガチで手伝ってやるよ。あいつの引き飴足んねえだな? リボンと花と細いパーツだろ。温度、色素、薬の量、全部教えろ。全く同じもん作ってやるよ。おい、そこ使うから場所開けろ!!! 川崎の道玄坂がガチで飴作るぜ!!」


 田中竜也が一瞬あたしの方を見た。

 つり上がっている口角、野獣のような瞳、気合がオーラになって立ち込めているような感覚。

 デカいあいつが更にデカく見える。


 燃えるじゃねえかよ……、勝敗なんてどうでもいい。こいつの飴を見たいみたい――

 

 ていうか、今のあいつ見て惚れねえ女っていねえんじゃねえ?



 ***




「二階堂くん、あれなんやねん」


「疑問に思っていたが、お前は何故関西弁なんだ。名古屋出身じゃないのか」


「わい、関西、東北、九州回って最後に名古屋に落ち着いたから方言がよくわからんのや。ていうか、本当は東京弁が一番喋りやすい」


 帝国高校、三年パティシエ競技部、二階堂文哉。

 今回はこの川崎大会には出ていない。俺の全ての力は全国大会に向けられているのだ。


 この胡散臭い関西弁の男は、名古屋マリオット高校の新入生、御子柴ケン。

 全くの無名のコンフィズール。しかし、こいつはあのバケモノの東雲くるみが東京研修として送ってきた男。


 御子柴の視線の先には中学パティシエ業界で有名な平塚すみれがいた。

 あいつが補助だ。


 飴を作っている男……、見たこともない。あのワガママ姫様として有名な平塚を助手として使い、川崎の狂犬の道玄坂が大人しく手伝っている光景。


 天変地異でも起こるのか?


 特筆すべきはあの男の飴細工の基礎技術。……俺の二年の頃の技術に匹敵する。


「俺もあの男は知らん」


「わい、駐車場で作品ぶち壊した男みたんや。なんやガキを助けるために作品放り投げたわ。一切の躊躇がなかった、気い狂ってる思ったわ」


 正直、俺はこの御子柴の方が気が狂っていると思っている。

 高校から始めた全くの素人の競技者。

 卓越したセンスと凶悪な性格と、勝利への執念。


「いいな〜。あんな男と勝負したいわ。燃えるで……、あいつが絶望した表情見るのは。なあ二階堂くん、あいつ全国来はるよね?」


 狼みたいな風貌、悪魔のような笑み。

 大きな細い身体にアンバランスな腕の太さ。


「でも、わいはあいつきらいやわ。イケメンみると腹たってくるわ」


「……俺を見ても腹は立たないのか?」


「いや〜、二階堂くんはイケメンやのに、絶対モテないオーラがあるやろ? あいつ、モテのオーラビンビンやわ」


「全く、失礼な男だ。正直俺はそんな事どうでもいい。パティシエ競技者に必要なものは勝利への努力だけだ」


「二階堂くん、拳、えらく力入ってんな」


 いつの間にか拳を強く握っていた。

 御子柴ととりとめのない会話をしているが、視線はあの男から離せないでいた。


 俺は高校飴細工技術者の中で絶対的な王者だ。

 その俺のこころに食い込む何かがあった。


「東京桜ヶ丘高校パティシエ競技部。……東京は三分割されて予選が行われる。果たしてアイツラは予選でわが帝国高校と当たり、散っていくのか。それとも、全国に出場できるのか」


「東京は激戦で大変やね〜。名古屋はくるみ先輩がいるから最強ですわ。そうそう、くるみ先輩、二階堂さんからもろうたラブレター、ビリビリに破いてましたわ」


「……そ、そうか」


 失恋というものは力を強くする。

 そうか……、ビリビリに破られたか……。一目惚れだったのだが……。


「あれれ? 二階堂くん、泣いてる? ちょ、笑わせないでや」


 俺は涙を拭い、あの奇妙な男を視続けるのであった――






「おっ、モンタージュや」


「……なるほど、その場で作るからこそ、ギリギリのラインで攻めるのか」


 元の完成品は見ていないからわからないが、あのバランスでは車の搬入に耐えられない。

 全体をアンバランスにする事で、飴の光が乱反射し、その形が重厚感を与える。

 ……考えて、やっているわけではない?


『ちょっと、このヤンキー!! 元の作品と違うじゃないの!! あんたこれギリギリよ』


『あん? どうせ隣の部屋に持ってくだけだろ? ならギリギリのバランスで作ってもいいじゃねえか』


『くっ、一つでもおかしくなったら私が手出すからね! べ、別にあんたのためじゃないわよ!!』


 ……失恋後の俺にとっては非常に苦しいやり取りだ。いちゃつくんじゃない!!


「二階堂くん、血ぃ、でてるわ」


「なんでもない。少しムカついただけだ」


「いやいや、どんだけムカついとんねん!?」




 ****




 打ち切りです。書き溜め出来た所まで一気に更新しました。

 ここまで読んで下さってありがとうございます!















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ヤンキー田中とワガママ姫 うさこ @usako09

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