飴細工の大会
「くそ、筋肉痛だ……」
朝晩、平塚とつきっきりで何度も作品を作り上げた。
数十個の薔薇のパーツを作り、流し飴で土台を作り、リボンという技術も教わった。
『あんたにはスフレはまだ無理、ていうか、相手と同じ土俵に立っちゃ駄目。自分を信じて、自分の力が最大限引き出せる作品を作るのよ、わかった? この単細胞!』
……一々一言多いんだっての。
教室は休息の場だ。
最近は忙しくて髪のセットも面倒で手入れをしていねえ。……もうこのままでいいか。
リーゼントは親父の若い頃の写真を見て始めたんだ。あの写真の親父は超イカしてた。親父が死んでからもリーゼントはやめなかった。
……なんか吹っ切れたんだよな。
親父は死んだ。リーゼントをしていると親父が近くにいるように感じていた。でも、それじゃあずっとガキのままだ。
それに、あの店でケーキを作ったり、飴細工をしていると親父を感じられる。
だから、もうこだわりはねえ。
「……ねえねえ、田中君ってもしかして髪降ろしたらイケメン?」
「ええっ……、それは……んっ、目つき悪いけど、ちょっと悪くないかも」
「だよね、私もそう思ってたよ! でも、怖いから話しかけられないよね〜」
「あっ、相方来た」
「アレくらい我が強くないと無理でしょ」
スタスタという足音。平塚が猫ちゃんのシールが張ってあるノート片手にうちのクラスにやって来る。
「……なによ、あんたら見てんじゃないわよ」
……なんでそんなに反抗的なんだ。思春期かよ。
「おい、うちのクラスでメンチ切ってんじゃねえよ、デカ女」
「ふんっ、目障りなんのよ。知らない奴らの無遠慮な視線ってさ。あんた――」
「まて、今は昼の時間だ。飯食うぞ。真島は?」
「あいつサボって氷細工の大会でるんだって」
「マジ気合入ってんな。ていうか、真島ってケーキ作れねえんだろ? 地区予選大丈夫か?」
平塚が俺の横の席の山田君に断りを入れて椅子を借りる。
弁当を開く。……こいつ、カップラーメンとかパンしか食わねえから俺が今朝作った奴だ。食材費はもらう。パティシエ目指してんのに飯の大切さのわからねえ奴だ。
平塚が弁当箱を開いて一礼をする。……まあクソ真面目な面もあるけどな。
俺の練習にずっと付き合ってくれる。
隣にいるから悪かった所や良かった所、適切なやり方がすぐにわかる。
しかも教え方が尋常じゃなくうまい。口は超悪いけどな。
「いただきます。大丈夫よ。あんたと私で作ればいいのよ。試しに作らせたけど、下手に手を出されない方がいいわ。……この人参、猫ちゃんの形」
「おう、今朝は少し時間があったからな。グラッセにしてあるぞ」
「無駄に器用ね。……美味しいからむかつく」
「むかつくんなら食うんじゃねえよ!?」
「それより、今日はモンタージュ(組み立て)だから気合入れてね。本番同様にやるわよ」
「そうだな、気合入れっか……。くそ、髪が長くて邪魔だな」
「はぁ……、あんた髪型ダサいのよ。ワックスあるから直して来なさい」
「ん、サンキュ。借りるわ」
「別にいいわよ、お弁当のお礼よ」
一旦中座してトイレへと向かう。そして、ワックスで適当に髪をかきあげる。流石にリーゼントは無理だが、前髪を上げる程度は大丈夫だ。
教室に戻る。
ガタガタッという騒がしい音が聞こえた。
気にせず席に戻る。
「……相変わらずヤンキーみたいな雰囲気ね。あんた一生彼女できなさそうね!」
「お、お前には言われてくねえな……、マジで」
「はっ、ふざけんじゃないわよ。私だって、彼氏の一人や……、ん……」
平塚が何か考えている。思考の渦に飲まれている。
「……ていうか、男友達っていた事ない。……あれ? 同級生は告白とかで盛り上げてるのに、あれ? 私の周りの男ってこのクソヤンキーしかいない」
***
大会前日。
顧問の先生にお願いして、部室に除湿機を置いて、暖房全開にかけ、ヒーターで部屋を乾燥させる。
湿度は55%。
この広さでこの時期なら上々に湿度。
放課後、大会本番用の飴細工を組み立てる下準備だ。
「花は15個、クーレ(流し飴)の土台と細かいパーツは45個、リボン13個、流れ用の引き飴(細い棒状の艶のある飴)が40個。これを横60センチ、縦60センチ、高さ120センチの空間であんたの作品を付くわよ」
部室の前、平塚と最後の確認。
堤下先輩も見守ってくれている。真島は今日も氷細工の教室に行っている。明日の大会には来てくれるみたいだ。
「……ちょっとまってくれ」
「なによ、日和ったの?」
「違えよ……。俺はいつも試合前にやるルーティーンがあるんだよ」
俺は目を閉じる。
亡くなったおふくろに感謝を込めて祈る。……そっか、親父の事も祈らなきゃな。
深呼吸を三回。
目を開けて胸を二回叩く。
「……平塚、背中叩いてくれねえか?」
平塚は何も言わずに背中をすっげえ強く叩いた。……ははっ、いいよ、これだよ、この遠慮のなさが気合いが入るんだ。
「…………切り替える」
何を切り替えるかよくわかんねえけど、頭の中の何かが切り替わるんだ。あの部室の先は試合と一緒だ。相手の顔は見えねえ。だが、相手は確実にいる。
眼の前の敵は――薙ぎ払え。
俺は部室を開けた。補助役の平塚だけが俺の後に部室に入ってきた。
***
三時間。
長いようで短い三時間。
その三時間に俺の全ての力を使った。出来上がった作品にガラスのケースを被せる。
平塚はゆっくりとその場に座り込んだ。
俺も大きく息を吐いて座る。
クタクタで動けねえ……。
細いリボンの束を竹に見立てて、それを丸い形にする。連なったそれはまるで輝く鞠のように見える。
その鞠の隙間から見える無数の花々。鞠の後ろからは糸状の引き飴が無数に連なりオーラの用に見える
特殊な素材を使って作った流し飴の艶は目が奪われるものがある。
平塚と何度も相談して搬入に耐えられるギリギリのバランス。
まるで鞠が宙に浮いているかのように見える作品。
「……テーマは『和』。……正直舐めてたわ。あんた、これやばいって理解できる?」
「あっ、そういや大会に出すんだったな。……集中しすぎて忘れてたわ」
平塚の口が尖ってむずむずしていた。こいつ、この癖治んねえな。まあ愛嬌があっていいのかもな。……いや怖えな。
「明日早いから片付けて帰るわよ。ここからが第二の勝負。持ち込みの場合は絶対に壊さない事が大事」
「ここで寝ちゃ駄目か」
すかさず堤下先輩のツッコミが入る。
「駄目ですよ〜。廃部になっちゃうよ〜、田中君のせいで」
「お、おう、それは嫌だ」
「うん、なら明日のために早く帰ろうね。川崎、結構遠いから」
***
大会搬入時間は朝の7時から12時の間。
俺達は朝の5時に東京を車で出る。
時速20キロから30キロのペースで作品を運ぶ。運転手は顧問の榊原花子先生。
手慣れたもので、低速運転が超うまい。
自転車のチューブに板を乗せて、そこに作品が乗っている。上からゴムの紐を吊るし、作品を固定する。
「ガッチリ固定すると逆に壊れるんだよ〜。ちょっとゆるい方が力が分散されるからね〜」
堤下先輩が助士席から説明してくれる。
俺と平塚は作品を支えている。
正直、重たい。物理的な重さじゃねえ。なんだ、この重さ。……これは俺一人で作った作品じゃねえ。
部室を準備してくれた榊原顧問に堤下先輩。
素人の俺につきっきりで教えてくれた平塚。
2人っきりの時は励ましてくれた真島。
みんなの協力があってこそ出来上がった作品だ。
「あんた、寝てんじゃわいわよ。もしも壊れたら現地で直すからね」
車には修復用の固めた飴や機材を乗せている。
「寝てねえよ!? 平塚こそいま寝てただろ?」
「はっ? 私、寝なくても大丈夫だから」
「お、俺だって」
そんなやり取りをしていても作品を支える手は動かない。
絶対、壊したくない。そんな思いがこの車に広がっていた。
***
6時45分。川崎の会場に到着する。
平塚曰く、この時間に来ているのはガチ勢しかいないみたいだ。
俺たちの向かいには真っ黒なハイエースが止まっていた。
車の中に鶴見ヶ丘高校の顔が見えた。
「もう搬入準備するわよ。今回の作品は20キロしかないから、あんたと私で持つわ。先輩と真島が先導して、榊原先生は受付よろしく!」
「あわわ、わ、わかりました! え、えへへ、パティシエ部に活気が戻って、嬉しいですね……」
榊原先生は三年前の強いパティシエ部だった時も顧問をしていた先生。
少しふわふわしてる不思議系だけど、心強い。
車のトランクを開ける。俺と平塚が作品をゆっくり持ち上げる。
作品が朝日に照らされた――
対面から見える道玄坂桜子。
色男の浜野と男たちが道玄坂の作品を持ち上げた。
道玄坂は俺達はゆっくりと近づく。
近づくに連れて――
道玄坂の表情が変わっていった。
初めは無表情、見定めている顔、そして、目が見開く。
歯ぎしりの音がここまで聞こえてきた。
んだ、口元によだれが……、違え、あれは血だ。血がついている。
道玄坂はゆっくりと歩いてこっちまで来た。
拳には力が入っている。はち切れそうな筋肉がプルプルしている。
「……田中竜也。……あんた、バケモン?」
「あらら? 道玄坂さーん? どこ行きやがるの? ちゃんと相手の作品チェックしないと駄目でしょ」
平塚と無表情で道玄坂をおちょくっていた……。
道玄坂と平塚がにらみ合う。
「ああん?」「はっ?」
てめえら怖えよ、ていうか、平塚ちゃんと支えてろよ……。
二人共場をわきまえているのか、すぐに冷静さを取り戻す。
道玄坂は去り際、小さく呟いた。
「……田中竜也、今回はあんたの言う事、何でも聞いてあげる」
****
「勝ったわね。本人だけしかわからない勝敗の有無ってあるのよ。ぶっちゃけ審査員によって勝敗なんて変わるんだけどさ」
「え? 俺、あいつに勝ったのか?」
「本人がそう思っただけよ。あんたの作品がそれだけ良かったのよ。しかも今回の審査員はスフレよりも基本的な技術とバランスが好みのパティシエ」
「そっか……、よくわかんねえけど、最後まで油断しねえよ。設置するまでが大会なんだろ?」
「よくわかってるじゃないの」
その時、全身から悪寒が走った。
周囲を見渡す。
妙な車がいた。
駐車場でバックと前進を繰り返している。
親子連れが駐車場を歩いていた。
「……平塚、俺は自分の命が危うくなってもこの作品を守る」
「はっ? あんたどうしたのよ。……あっ」
「わりい、人の命にはかけらねえ、平塚、作品を地面に置け!!」
判断は一瞬だった。平塚の判断も早かった。俺達は同時に地面に作品を置いた。
ピキリッという音が聞こえたが気にしねえ。
おかしな挙動をしていた車が急発進する――
親子目掛けてタイヤがうなりを上げた。
「―――――っち」
俺は全速力で親子の元へと駆け寄った――
***
車は駐車場の他の車にぶつかって止まった。
……親子は間一髪で俺が引っ張ることが出来た。
作品は……車が掠めて……ケースは割れてほぼ全壊になってしまった。
顧問の先生が警察に電話をかける。先輩は親子の介抱をしている。
平塚と俺は立ち尽くす。
「……あんた、腕、血が出てるわよ……。手当しなきゃ……」
「ああ、そうだな」
みんなで作り上げた作品が一瞬で壊れた。
あれだけ繊細の注意を払ってもこんな事が起きんのか……。
空を見上げる。
いい天気じゃねえか。
平塚が俺の肩に手を置いた。
「今回はいい勉強になったわ。あんたが現時点で最高の作品を作れたし――」
「まだだ」
「えっ?」
「まだ終わってねえ。時間はある、ならやるしかねえだろ。なら、お前は俺の背中を押してくれ」
平塚の息を飲む音が聞こえてきた。
最後まで足掻けねえやつは競技者じゃねえんだ。
バチンッと大きな音が俺の背中に鳴り響く。
「おっしゃっ!!!! 気合入ったぜ!!!」
「榊原先生は事故現場の対処お願いします! 先輩!! 作品が壊れた時用の部屋の手続きお願い!! その後、学校に戻って予備のケース持ってきて!! 真島、あんたは私達といっしょにいなさい!! こき使ってあげるわ!!」
身体が熱く燃え上がる。
あの作品は数日……大体21時間をかけてパーツを揃えて、組み立てに三時間かかった。
十二時まで……あと、4時間。
24時間かかった作品を4時間……、ははっ、面白え。
「不可能だと思っちゃ駄目よ!! あんたならできるって自分を信じなさい!!」
俺は静かに、それでいて、熱の籠もった言葉で答えた。
「当たり前だっ」
身体は熱く燃えていた――
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