川崎


「久しぶりに来たぜ、川崎……、あんまりいい思い出ねえんだよな」


「私は東京が疎いからどこも同じに見えるわ。ていうか地雷女、なんであんた金槌もってんのよ」


「……え? 普通じゃない? だってここ川崎」


「その気持はわかるわ。治安は良くねえんだよな。川崎っていうか、川崎近郊が」


 俺、田中とその仲間たちで川崎の会場の施設に訪れた。

 搬入ルートの導線の確認のためだ。

 現地では何が起こるかわからないから下見は絶対必要、との事だ。


 当日は顧問の先生に車で乗っけてもらう。堤下先輩は顧問の先生と道路のルートを下見中だ。


 高校生大会の場合、会場を下見ができる日というのがあるらしい。

 主催者側の係の人が会場の説明をしたり、導線を案内してくれる。

 その下見ももう終わりの時間だ。


 会場はこじんまりとしていたが、ここで高校生の作品が並ばれると思うとなんだかワクワクしてくる。


 大会に参加する他の高校生も沢山いた。


「な、なんだあいつらの威圧感……」

「全員デカくね? あの子可愛いのに金槌持ってるぞ……」

「ヤンキーか。まあ川崎だからいるよな」

「おい、待てよ!? あいつって田中だぞ!! 鶴見で伝説作ったって奴じゃねえかよ!!!」

「あっ、あれか、暴走族を壊滅させたっていう田中か!! ……なんでこの会場にいるんだ?」

「全員目が怖えよ……。可愛いから声かけようとしたら人を殺しそうな目で睨まれたぜ……」



 ……まあ俺達全員デカいからな。しかも真島なんて金槌持ってるし。

 平塚はずっと眉間にシワよってるしな。俺が一番まともじゃねえか?


「……可哀想な目で私の事見てるけど、絶対、あんたが一番怖がられているわよ」


「はっ? 違えだろ? お前だっての!!」


「うるさいわね、クソヤンキー。ちゃんと導線覚えておきなさいよ!」


「おい、真島がいねえぞ!? トイレか!?」


「ちょ、マジ……、あんた探しに行きなさいよ!! もう帰るんだからね!」


 周りを見渡すと、トイレに行こうとした真島が高校生の集団に絡まれていた。


 ……マジか。


 集団の見た目は明らかに不良どもだ。

 それもファッション不良じゃない、ちゃんとした不良どもだ。


「姉ちゃんかっこいいじゃん。俺達とお茶しようぜ。あんたも大会でんのか?」


 集団の中で一人だけオーラが違う。あれはガチ勢だ。なぜパティシエ競技の大会会場にいるのかわからん。


「……これで殴られたい?」


「金槌かー、ちょっとそれは死んじゃうわな。しかも姉ちゃん、マジで打ち下ろしそうだし」


 真島と目があった。真島は人を殺しそうな目をしていた……。

 死人が出る前に止めねえとな。


「わりい、俺の連れなんだわ。トイレ行かしてくんねえか?」


「あん……? てめえ、番長中学の田中……だな?」


 俺が間に入ると集団がざわついた。ていうかさ、ここって神奈川だろ? なんで俺の事知っているんだよ……。


「な、なんで田中がこんなところに!?」

「浜野さん、やっちゃいますか……?」

「バカやろう! 姉御に問題起こすなって言われてんだろ! 俺達はもう不良じゃねえ、部活と青春と恋をするんだろ?」


 その時、頭を叩かれた。この感覚は平塚か。


「あんたバカ? 何でこんなところで問題起こすのよ! さっさと帰るわよ」


「ひゅ〜、こっちもマブい女じゃねえかよ。孤高の田中がハーレム野郎になっちまったのか?」


「はっ? てめえ殺すぞ」


「び、ビビってねえぞ!! ここは俺のホームグランドだからな!!」


「はぁ……、ていうかこいつら鶴ヶ丘高校のジャージじゃん。こいつら柄悪いからむかつくのよね、ちっ」


 俺の横に2人が立つ。

 平塚が舌打ちをし、真島が金槌をブルンブルン振るう。

 ……こっちも大概柄が悪いぞ。。


 この集団の頭はこの金髪男だ。なよっちい色男に見えるが、服の下の筋肉量は中々のもんだ。立ち位置を自然と変えている。いつでも俺に対応できるようにしてやがるな。


 金髪男がいきなり吹き飛んだ。後ろから誰かに蹴られた。


「浜野ちゃ〜ん!!! この馬鹿野郎、喧嘩してんじゃないの!! あたしたちはパティシエ競技で全国目指すっていったでしょ!! このナンパクズ男!! どうせお前が問題起こしたんでしょ!」


 一人の女がいた。

 平塚と真島と同じデカさ。視線はほとんど俺と変わらねえ。

 へそを出した改造ジャージ。腹筋はシックスパックに割れている。

 ショートパンツから伸びる太もも、ふくらはぎは運動部のそれだ。


 女が俺に視線を送る。背中がぞくっとした。こいつ、本物の中の本物だ。


「すまんね、兄ちゃん。うちのバカが面倒かけちまってよ。あたしは鶴が丘高校一年、パティシエ競技部主将、道玄坂桜子。こっちの金髪バカは副主将二年、浜野仁、てめえも謝れよ」


「う、うっす、すんません!!! 超マブい女がいてつい……」


 浜野は道玄坂と名乗った女からまた頭を叩かれた。一年で主将?

 隣の平塚がつぶやく。


「……道玄坂桜子。鶴が丘中学パティシエ競技部。コンフィズール、中学全国大会7位……。」


「おっ、あんた名古屋の『姫』じゃん。またあったね。あんたあの大会は残念だったね」


「ちっ」


「……あん? なによあんた? あたしに喧嘩売ってんの? まあ拳の喧嘩はやらないわよ。ここに来たってことはこの大会でるんでしょ? ならそこで叩き潰してやんよ」


「道玄坂、私はでないわよ」


「ああ、そっか。あんたチョコとケーキの方が得意だもんね、飴細工ならあたしゃ負けねえもんな、けけっ」


 平塚の額に青筋が浮かび上がった。……なんでこいつらこんなに短気なんだ?

 くそ、面倒だが止めるか。


 俺は平塚の肩を引っ張って後ろへ下がらせる。

 道玄坂の目を見つめる。初対面の奴とは目を合わせれば大体そいつの事がわかる。


 大きな目は厚い化粧に覆われていたが、強い意志がある。

 いいね、さっきの男よりも何倍もいい感じだ。


「嬢ちゃん、勝負なら俺がするぜ。てめえ大会出るんだろ? なら俺が叩き潰してやるよ」


 道玄坂も俺の目をはっきりと見ていた。

 何故か道玄坂の顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「ちょっ、姫!? だ、だれよ、この激渋な男は! やばいわ、オーラ半端ないわ……。んっ、ごほん、えっと、あたしは道玄坂桜、あんたも大会出るのね。まああたしがいるから優勝出来ねえと思うけど精々頑張りな」


 平塚が俺の後ろでささやく。


「……道玄坂の総合的な実力はあたしよりも少し下。でも飴細工に限って言えば、全国トップ5に入るわ」


 なるほど、相手に取って不足ねえってことだ。



 道玄坂……何故お前はジャージの裾をたくし上げる? へそ以上の何かが見えそうになるぞ……。


「ていうか、こんなに激渋な男がパティシエ競技してたんなら絶対あたしはチェックしてたはず。……あんた高校から?」


「ああ、一週間前に入部した。あんたじゃねえ、俺は田中竜也だ」


「……っそ、なら期待外れじゃん。流石に一週間そこらの素人に負けるわけないじゃん」


「負――」


 負けねえよ、といおうとしたら平塚が声を被せてきた。

 中指を立ててを道玄坂に突きつける。


「このヤンキーはあんたを倒すわよ!! なぜなら私の一番弟子なのよ! 絶対負けないんだから!!」


「なに? あんた日和ったの? 孤高の姫はどこ行っちゃったの? ならさ、勝負しない? あたしが勝ったらあんたらあたしの言うこと何でも聞く。もちろんあたしが負けてもあんたたちの言う事聞くわよ」


 その時、金槌で床を叩く音が聞こえてきた。


「竜也君は絶対負けない」「吠え面かくのはあんたよ!!」


 平塚と真島が鬼のような形相で道玄坂を睨みつけていた……。

 あの、勝負するの俺だよな……? 




 ****




 家の近くの干物屋。ここの定食は安くて美味しいと評判だ。

 俺達三人は川崎から東京に帰ってきた。なんか小旅行に行った気分だ……。


「道玄坂、柄が悪いけど実力は本物。スフレっていう技法を得意としている。『川崎の狂犬』『川崎の女豹』って呼ばれているわ」


「んだよ、その異名は……」


「ガチで豹と犬を作ったのよ、飴細工で。あの時の大会はぶっちぎりで優勝したわ」


 平塚の説明によると、スフレという技法はポンプで飴を膨らませて、様々な形を作るものである。難易度は非常に高い。

 俺は親父から教わった事がない。


「ていうか、道玄坂が見せびらかしてきたピエス(作品の完成品)の写真見たけど、マジで俺勝てんのか?」


 あいつはわざわざ今回の大会で出す予定の作品の試作品を見せてきやがった。

 素人の俺でもわかる完成度。


「……あんたビビってんの?」


「あん? ビビるわけねえだろ。格上上等だ」


「そっ、ならいいわ。……今から特訓するわよ」


「おう、望むところだぜ!」


「ねえ、僕も見学する。飴細工はわからないけど、造形に関しては多分負けない」


 久しぶりの感覚だ。

 誰かと競争するってやつは。


 すぐにでも飴細工を作りたい。

 ……なんだ俺、いつの間にかパティシエ競技に嵌っちまってるな。



 ***



「あ、姉御!? 大人げないんじゃないっすか? 田中って中学の頃はボクシングやってたヤンキーの素人っすよ。……なに笑ってんすか」


 川崎ラゾーナのマック。

 鶴見ヶ丘高校パティシエ部のたまり場。

 作戦会議はいつもここ。

 私、道玄坂桜子は笑みが抑えられなかった。


 あの激渋イケメンの田中。マジで痺れた。あんな男がこの時代にいるのかよ。

 最後にお願いして握手してもらった。


「あの手、やばかった。肉厚があって、皮が異様に厚くて、指先は鋼みたいに硬かった。そうね、田中は薔薇しか作れない素人って言ってたけど、そんなの関係ない」


「素人はピエスの形を作るだけで精一杯っすよ」


「浜野ちゃーん、いるんだよ、このパティシエの世界には『持ってる』奴っていうのがさ。作品を壊してもなお、最高の作品を作り直すパティシエ、機材の不備があってもそれをはねのけて作り上げる猛者。自分が出る大会に格下しかでない強運の持ち主。ありゃ、同じ匂いを感じた」


 浜野は首を傾げていた。浜野も高校生パティシエ競技者としては一流。チョコ細工だけみたら平塚に勝てると思う。

 ……普通の大会なら。


 全国は違う。平塚が絶対勝つ。勝利への執念、惜しまぬ努力、ほんのちょっとの差が結果を変える。


「あの天才『孤高の姫様』が教えてんだ。中学時代のあいつの性格考えたらありえねえし、誰もついて行けねえもしも田中が平塚についていけるなら……マジで化けるぜ」


「えっと、あのマブい女ってそんなに凄いっすか?」


 即答。


「天才だ。マジで努力しか出来ねえあたしには眩しい存在だよ。だからこそぶっ叩く時の高揚感が最高なのさ!」


「そっすよ! うちら最強の鶴見ヶ丘高校っす! 絶対全国制覇するっす」


「名古屋のマリオット高校、東京の帝国高校、埼玉の春日部高校。それとうち以外は雑魚だと思ってたけど……、桜ヶ丘高校か……。おっしゃ、全国楽しみだ」



 最強のオールラウンドプレイヤー、『暴走天使』二年、東雲くるみ率いる名古屋マリオット高校。

 くるみだけじゃない。『絶対零度』性格最悪グラシエ(氷細工職人)二年、大黒天幹也は中学の時に全国の氷細工大会を総なめしている。

 他のパティシエ競技者もトップレベル。絶対王者のマリオット。女子以外は全員坊主の超体育会系高校。


 東京帝国高校、無敵のコンフィズール、『堅物』二年、二階堂文哉。プロのパティシエ大会で優勝を掻っ攫った時の競技者。現時点で高校最強の飴細工職人。

 朝晩はホテルで飴細工の修行をこなす変態だ。


 埼玉春日部高校、『チョコの女帝』留年して一年のマリー・フランソワーズを中心とした外国人が入り混じった国際チーム。


「どいつもこいつもバケモンじゃねえかよ。……でもね、年寄りは引っ込んでなって感じよ。鶴見ヶ丘高校一年、『川崎の女豹』が全員ぶっ潰してやるわよ!!」










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