苛められっ子の地雷系
「え、なにあれ……?」
「どでかい袋を担いでる?」
「あれって砂糖袋みたいな感じだよな? な、何キロあるんだ……」
「こ、こっちみた!! 超怖い顔してる!? 殺されるわよ、逃げるわよ!」
「死体、入ってんじゃねえのか?」
「おいおい、冗談やめろ……、うおっ!? 走り始めやがった!!」
朝、部室に来いと言われたが何時か決めてなかった。ほどほどの早い時間に俺は家を出た。
家を出る時、ふと思い立った。昨日平塚が言っていた、珍しい砂糖……パラ、パラ、パラなんとかってやつを部室に持っていく事にした。
「二駅程度だったら別に歩いて行けるしな」
少々重いが歩くのに問題ない。
この時間は学生も少ない、朝練に向かう奴にたまに会うくらいだ。
駅前と通ると、眠そうな平塚と目があった。あいつ人殺しそうな目をしてるな。
そんな平塚は……、俺の姿を見つけて……明らかにあれはドン引きしている顔に変わっていった。
しかもそのまま俺を無視して学校へと向かってしまった。
「てめえ無視してんじゃねえよ!! 結構恥ずかしいだよ、さっきから人の目がきになるんだっての!!」
平塚は振り向きもしない。
俺は仕方なく袋を抱えながら走る事にした。膝を壊さないように丁寧に……。
***
「私とあんたで手分けして氷細工に興味がある生徒を探すわ。あんたはA組から声かけて、私はF組から声かけるわ」
「……おい、朝のあれは無視かよ!?」
「当たり前じゃない、そりゃ持ってきたのは感謝してるわ。だけど、あれじゃあ変質者じゃないのよ」
「……少し自覚あるからなにも言えねえな」
「ほら、さっさと行きなさい! 競技者はなるべく筋肉ムキムキの運動系がいいわ」
三人目の競技者を探すために勧誘をしなければならない。
……正直、知らない人と話すのは嫌だな。
ていうか、平塚の偉そうな感じで勧誘なんてできるのか? 俺は顔が怖いと言われて逃げられるのがオチだろう。
お願いされた教室に行く前に平塚の勧誘の様子を見ることにした。
「ちょっと、そこのあんた! あんた氷細工興味あるでしょ? あるなら返事しなさいよ!!」
「え、な、なんですか? うわ、B組の平塚だ。話しかけてくんなよ」
俺はそっと平塚に背中を向けた。
そんな勧誘の仕方ってあるのか? あれは俺よりも不器用だろ。
しかも、あいつ他のクラスでさえ有名なのかよ……。
多分、人付き合い苦手なんだろうな。
……よし、俺も頑張って挑戦してみるか。
「うわっ!!?!? 殺される!!!」
「なんだ、シメられるのか!? 誰か田中の機嫌を損ねたのか!!」
「ち、ちーす、田中さん。へへ、う、うちら真面目に学生やってますぜ?」
「た、田中君?? こ、この教室から出ていってください!」
……俺も似たようなもんじゃねえか。ていうか、最後の委員長って、一緒に猫さがした奴じゃん。あれか、俺の事をもう忘れてんのか……。
心に傷を負っただけで何の成果もなし。
平塚の様子でも見に行くか……。
「へえ〜、『孤高の姫様』が必死に勧誘してるね〜。マジできもいんだけど」
「はっ? あんた中学の頃なんかの大会で見たことあるわね。競技部入りなさいよ」
「いやいや、ありえないっしょ。あんたみたいなワガママ姫様がいる所に入るわけ無いでしょ。そりゃ私の得意は氷細工だけどね〜。氷細工できる競技者って珍しいもんね」
よく見ると、平塚の口元に赤いものが付いていた。
あれは血だ。歯を食いしばっているのか。唇を噛んでいるのか。
「……中学の頃とは、違う。だから、入りなさ……入って、ちょうだい……。お、お願い。絶対、全国に……」
「うーん、どうしよっかな〜」
よくわからないが嫌な気分になった。
足が勝手に動いていた。扉を強く引きすぎてしまった。
ガツンという音が教室に響く。
「おい、デカ女。そんなクソ野郎はいらねえ。他探すぞ」
「……ふん、わかってるわよ! このヤンキー野郎!! さっさと次行くわよ!」
教室が異様な雰囲気に飲まれる。
さっきまでイキっていた生徒が顔を下に向けている。
そんなんじゃ駄目だ。ちゃんと目を見て話さない奴はいらねえ。本気じゃねえ奴はいらねえ。
しかし、……『孤高の姫様』ってなんだ?
廊下に座り込む俺と平塚。
「はぁ……、マジで誰も話聞いてくんねえな」
「はっ? 私の話は聞いてくれるわよ。……ただ、誰も入ってくれないわよ」
俺達は2人して頭を抱えた。コミュ力がゼロの……いや、コミュ力マイナスの俺達に勧誘なんてできるわけねえ。
でも、部員が集まんなきゃ始まんねえ。
「……あなたたち、邪魔。廊下はみんなのもの、どいて」
「あん?」「はっ?」
誰かが俺達に話しかけてきた。俺は普通に答えたつもりだが、平塚は随分と威圧的な返事だ……。
「脅しても駄目。ちゃんと立って……、えっ?」
声の方を向くと、女子生徒が立っていた。
随分と化粧が濃い、制服を改造している。あれだ、地雷系って感じのファッションだ。
それにしてはデカい。身長は平塚よりも少し低め。女子としてはかなり高い。身体のラインを強調している制服が目のやり場に困る。
……あれ?
「お前、真島か?」
「……っ。なんでわかるの? 中学の時と全然違うのに」
「へ? なんで分かるのかって、あの事件以来、唯一俺に普通に話しかけてきた同級生じゃねえか」
あの頃の真島はちっちゃかった。髪はお下げでスカートも長く、属にいうオタクっていう分類だった。まあ俺はヤンキーだし、同じような括りだろう。
「あんたこのクソ女と知り合い?」
「……汚い言葉は心が汚い。はぁ、汚物は処理した方がいい」
「んだと、むかつく女ね」
「おいおい喧嘩してんじゃねえよ!? 真島は中学の時の同級生だ! こっちは平塚、デカくてバカな女だけど悪い奴じゃねえ。ちょっと2人でパティシエ競技部って奴に入ってさ、あと一人『氷細工』に興味あるやつ探してるんだわ」
「そっ」
真島はスタスタと去っていった……。
「なによ、あれ。感じわる」
「いや、お前が言うなって」
******
放課後までなんの収穫がないまま部活に向かう事になった。
部室に入るとまだ誰も来ていなかった。
「あれだよな、色々説明足りねえんだよな。まずは何すりゃいいんだよ」
全国大会を目指すって言っても、俺は素人だし、人数も足りてねえ。先輩はマネージャーで唯一の経験者は性格が破綻している平塚だ。
「あ、あの、竜也君……。さ、さっきは冷たくしてごめんね」
「んあ、おお、真島か」
後ろを振り向くと真島が立っていた。相変わらず地雷系女に見えるけど、芯は真島だ。身体は大きくなったけど中学の姿と重なる。
気弱で大人しくて……色々あったな……。
真島は手を前に合わせてもじもじしていた。
「あ、あの、竜也君、困ってるんだよね? ……あの、僕ね、竜也君に助けられて――」
「違えよ。あれはお前が頑張ったんだ。俺はただ暴れたかっただけだ」
「ううん、違う。 僕、あの頃よりも強くなったからわかる。竜也君が変えてくれたんだ」
真島は中学の頃いじめられていた。俺が丁度一番荒んでいた時期だ。親父が死んで、無気力になって。
真島のいじめはひどかった。ある時、街で真島に出会い、お互いケーキが好きだという事がわかった。
バレンタイン、真島は誰かにプレゼントしようとしたケーキを……粉々に潰された。
いじめっ子が潰したんだ。一人じゃない、クラスの半分は笑っていた。
真島は静かに泣いていた。俺はそれが許せなかった。だから――
あの頃から疎遠になっていたけど、久しぶりに真島が目の前にいる。あの頃と変わってねえな。デカくなったけど。
……その真島が何故か腕まくりをして力こぶを作る?
「物理的に強くなったんだ。頑張ったらムキムキになれたよ」
「お、おう、すげえな……。中々の筋肉だ。しかもなんだ、筋トレの筋肉ってよりも実用的な柔らかい筋肉だな」
「うん、それでね――」
ドタバタと足音が聞こえてきた――
「はっ? なんで地雷女がここにいるのよ!! ここはパティシエ競技部の聖地よ!! 私の許可なく――」
「いや、お前も新入生だろ! せめて先輩の許可って言ってくれや」
「うるさいわね、このヤンキー!」
その時、ガツンという音が響く。
真島が金槌で扉を叩いていた。その金槌はどっから取り出した?
「……部活、入ってやる。凶暴女がいても我慢する。これは僕の田中への恩返し」
「はっ? あんたなんかできるの?」
……真島の口調がさっきとは随分違う。まあ気にしないようにしよう。
「氷細工できる人、探してるんでしょ? 私、多分この学校の誰よりもできる」
真島はそう言って写真を取り出した。
平塚と俺はそれを食い入るように見た。
凄まじい作品だった。氷細工、氷彫刻の教室で作られた作品。
なるほど、あいつの筋肉はこれを作る過程で出来たのか。
「……これ、本当にあんたが……、いや、まって、真島……エリ? 真島エリって氷細工界隈で超有名じゃん!?」
「なんでお前知ってるんだよ」
「氷細工できる人いなかったら自分でやろうと思ってたのよ。だから超調べてたけど、この真島エリって名前がいっつも出てくんのよ」
「ふふん、部活、入れろ」
平塚の顔が変な風に歪んだ……。口元がむずむずして興奮しているのがわかるのに、すごく悔しそうだ。
「…………………………いいわよ」
「おい、なんだそのなげえ間は!? 真島ってすげえんだろ。なら入ってくれて超嬉しいじゃねえか! しかも俺の中学の時の……菓子友達」
「ああっ、うっさいわね! ちょっと照れててキモいわよ! コックコートに着替えてくるわ! ていうか、先輩まだなの! 色々相談したいのよ! あんた覗いたら殺すわよ」
「騒がしい奴だな……」
平塚はプンプンしながら奥へと引っ込んでしまった。
真島がため息を吐く。
そして、ちょこちょこと俺に近づいてきた。……ん? 近くね?
「……竜也、友達って言ってくれてありがと。……部活、頑張る。僕の技術すべて使って竜也の敵をなぎ倒す」
真島は俺の目をしっかりと見ていた。その瞳の奥には焔が見える。
こいつは本気だ。何故氷細工を始めたか俺は知らない。もしかしたらガキの頃からやっていたのかも知れない。
ただ、こいつがガチなのは顔を見たらわかった。
俺の心も震えてきた。
……ていうか、競技の詳しい説明、誰かしてくれよ……。
ドタバタと平塚が戻ってくる足音が聞こえたきた。
「カバン忘れたわよ!! ていうか、あんたら近すぎじゃない! ここ、恋愛禁止だからね!!」
「雌豚、うるさい。僕と竜也は固い友情で結ばれてる。恋愛なんて興味ないね」
「め、雌豚? むきーーっ!! マジでむかつく! 私も氷細工特訓してぶっ潰してやるわよ!」
「お前オールラウンダーだろ……。ていうか、先輩まだかよ……」
「……こ、ここにいます。さっきから……」
え、マジで? 部室の奥の方から先輩が現れた……。
「竜也、僕も着替える」
「ちょ、ここで着替えるんじゃねえよ!? 平塚!! 真島を連れて行け!!」
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