第14/15話 作戦

「駄目だ、見つからねえ」辰晴の無念そうな調子の声が聞こえてきた。「仕方ねえ、砂虎の拳銃を回収するのは諦めるか」今はカウンター前の通路、準北西にある陳列棚の西端の前に立っていた。

 紺斗はぎくりとした。拳銃は紺斗の近くの床に落ちているからだ。

 そちらを一瞥する。拳銃は傘の後ろに位置していた。

(辰晴がおれを目にした時は、傘のおかげで拳銃を見つけられなかったんだ)

「こうなったらもう、さっさと立ち去るのが賢明だな。ここの強盗の件は砂虎に任せていたから、おれには金庫の場所や番号はわからねえし……ぐずぐずしていたら、誰かが店の前を通りがかって、警察に通報したりおれの姿を目撃したりするかもしれねえ」

(そうだ、早く出て行け……!)

 さいわい発言を撤回することもなく、辰晴は玄関に向かった。その途中、なんとなくといった様子で軽SUVに視線を遣った。

「おっ!」という声を上げた。「この女、かなりの上玉じゃねえか……! おいおいやべえな、顔も体つきもおれの理想にドンピシャだ……!」舌舐めずりでもしそうな表情になった。「事情は知らねえが、ちょうど気を失っているようだし、このまま連れて帰ろう……!」

(な……!?)紺斗は口を、ぽかん、と開いた。(ほ、本気で言っているのか……!?)

 その時、辰晴のズボンの股間部分が大きく膨らんでいることに気づいた。

(この野郎、本当に妃乃を拉致するつもりかよ……!)眉間に皺を寄せた。(なんとか、なんとかして阻止しないと……!)

 辰晴は軽SUVの助手席ドアの前に立つと、ノブを掴んで手前に引っ張った。もちろん開かなかった。

「ロックされているか。よし、おれの強盗の時に使ったバールで──」

 唐突に台詞を打ち切った。苦しそうに顔を歪める。

 しばらくしてから表情を緩め、舌打ちした。「こんな時に便意かよ……」と呟く。「先に用を足して──」

 トイレの扉に視線を遣り、口を閉じた。「故障中 使用不可」と書かれた紙が留められているのを見たために違いなかった。

「たしか道路の向こう側に公衆便所があったな」はああ、と深い溜め息を吐いた。「清潔じゃなさそうで気が進まないが……仕方ねえ、あそこで済ませるか」

 辰晴は軽SUVから離れ、玄関をくぐった。

 紺斗は内心で(おれは腹に銃創を負っている、まともに戦っては勝ち目はない)と呟き、唸り声を漏らした。(今のうちに作戦を立てないと……!)


 南中津みなみなかつ辰晴は公衆便所から出ると、休憩所の出口に向かって歩きだした。

(それにしても、やっていられねえよなあ。埴典が殺されたことにより、警察が本格的な捜査を始めたせいで、おれまでしょっぴかれそうだなんて。海外に逃亡する羽目になったじゃねえか。

 まあ、とっ捕まる前に高飛びできるだけマシかな。これまでの犯罪行為で築いた人脈や稼いだ金、惜しみなく注ぎ込んだ甲斐があったよ。なんとか例の共和国まで密航させてもらう約束をとりつけることができた)

 休憩所を出ると、車道を横断して店の駐車場に入った。セダンの客席のドアを開ける。ここに来る前の強盗の時に使った道具を漁りだした。

(ただ、最終的に金が底を尽いてしまったんだよな。それでも密航することはできるが、文字どおりの一文無しだ。共和国に着いたところで、浮浪者として暮らす羽目になってしまう。ある意味、日本の刑務所より過酷かもな。

 だから今夜、おれと砂虎で別々のコンビニを襲って金を調達する計画だったんだ。おれは成功したが、砂虎は死んじまった……)

 辰晴はドアを閉めた。右手にバールを、左手にレジ袋を持っている。袋の中にはガムテープが入っていた。

(あの女を運んでいる途中で目を覚まされるかもしれねえからな。あらかじめ手足を縛ったり口を塞いだりしておこう)

 店の玄関に向かった。ズボンのポケットには拳銃を挿し込んでいた。

(もし起きたら、とうぜん暴れだすだろうが、大した問題じゃねえ。拳銃を突きつけて「静かにしないならただちに殺す」と脅せばいい。それでも暴れるようなら……殴ってやればいいか。別にあの女を大切に扱いたいわけじゃねえからな。単に性欲解消用に連れて帰りたいだけだ)

 コンビニに入ると、軽SUVの助手席ドアの前に移動した。レジ袋を足元に置き、バールを握る。

(できるだけ音を立てねえようにしよう。今、目を覚まされたら厄介だからな。まだ拘束してもいねえし)

 辰晴は窓ガラスを割り始めた。じゅうぶんな大きさの穴を開けると、手を入れ、ドアの内側を手当たり次第に触りだした。

(そうだ、この女も船に乗せよう。日本を出てから共和国の港に着くまで少し日がかかるからな。その間の性欲解消に利用しよう。ちょうど砂虎が死んだことで一人分の空きが出来たわけだし。

 それに、別にこの女と一緒に共和国で暮らしたいわけじゃねえからな。向こうに着いたら、こいつは船員たちにくれてやってもいいし、海に捨ててもいい)

 ロックの解除に成功した。手を穴から抜くと、ドアを全開にする。足元にバールを置き、レジ袋を拾おうとした。

 唐突に、びりりり、という電子音が鼓膜をつんざいた。

(何だ……!?)

 音量はとても大きかった。手で耳を塞ぎつつ膝を伸ばす。音源は売り場の南東のほうだな、と推測し、そちらに視線を遣った。

「ああっ!?」

 思わず甲高い声が出た。南東にある陳列棚の東端と南の壁の間に拳銃と弾倉が落ちていたためだ。

(やった見つけたぞ、砂虎の拳銃だ!)

 辰晴は軽SUVから離れた。準北西・準北東にある陳列棚と準南西・準南東にある陳列棚に挟まれた通路を東に向かう。突き当たりの丁字路で右折すると、東の壁の前を南に進んだ。目的地に着くなり拳銃と弾倉を拾う。

(弾は……ねえか。動物に襲われた時にでも撃ち尽くしたのか?)

 拳銃に弾倉をセットし、ズボンのポケットに挿し込んだ。電子音はまだ、びりりり、と大音量で響き渡り続けていた。

(それにしてもうるせえな)手で耳を塞いだ。(いったい音源は何なんだ? この近く──おれの後ろあたりから鳴っているようだが)振り返った。

 通路の奥──売り場の北東にいたはずの店員の姿が消失していることに気づいた。

(……!?)顎を、がくん、と下げた。(な、なんで──)

 がらがら、という音が聞こえてきた。そちらに視線を遣る。

 音源は、売り場の北西あたりに設けられているトイレの出入口だった。スライド式の扉が左に動いている。その速度はどんどん落ちていて、全体の四分の三ほど開いたところで静止した。

(あの店員、実は生きていたのか……!? それで便所に逃げ込んだわけか。不味い、おれが砂虎の犯罪仲間であることは承知しているだろう。口を封じないと!)

 辰晴はトイレに向かった。通路を少し直進してから左折し、北東・北西にある陳列棚と準北東・準北西にある陳列棚に挟まれた通路を西に進む。すでにトイレの扉は右にスライドして閉まっていた。

(撃ち殺してやる……!)ズボンのポケットから拳銃を抜き、グリップを握り締めた。(もし扉が施錠されていたとしても問題ねえ……防弾ガラスの類いならともかく、便所の扉や壁であれば拳銃弾でも貫通する)

 トイレの出入口の前に到着した。辰晴は扉の取っ手を掴むと、思いきり左に動かした。意外にも施錠はされておらず、すぐに全開になった。

(──!? 無人だと……!?)

 どがしゃっ、どぐしゃっ、どごしゃっ、という大きな音が後ろから聞こえてき始めた。振り返る。

 軽SUVが猛スピードで突っ込んできた。

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