第5話 囚人ガチャ開始~気弱なメイドと天気予報~

 彼女の名前は使用人のメアリ。

 婚約披露パーティで給仕をしていたらしい。

 問題の夜に起こった惨事。

 男爵令嬢アンナを殺害した罪で、牢獄送りにされたと言う。


「彼女は死んだのか。どうして」


「わ、わかりません。突然パーティの最中にアンナ様とおっしゃる方が二人いらして。侯爵令嬢様がその場で殿下と言い争いになっていたのですが」


 途中までは彼女の計画が上手く行っていたようだ。


「最終的には陛下が出ていらして、仲裁をされました。その場を預かり、関係者の証言を聞くというような。そんな話を人伝えにお聞きして」


「アンナは?」


「その夜のうちに、ナイフで胸を突かれて」


 あの子を、そんな風に殺したのか。

 牢屋送りにするには飽き足らず。

 僕自身が冷たい刃で貫かれたような気持ちになる。

 同時に、今まで感じたことのない怒りと熱がこみ上げる。


 事態が大きくなったことで強引な手段で証拠隠滅でも図ったのか。

 都合の悪い証言をされることでも嫌って?


「許せない。あの子が何をしたと言うんだ」


 王太子。顔も知らない相手におぞましい憎しみが湧いた。

 

「私には何もかもがわかりません」


「メアリ。よく聞いてくれ、僕には力がある。君をやり直すことのできる力だ」


 彼女を一度過去に飛ばし、また元に戻ってくる。

 戻ったのは例の婚約破棄の真っただ中だったと言う。

 二人のアンナが現れた瞬間。よりにもよって、最悪の状況だ。


「使用人である私に出来ることなんてなくて、ただうろたえるしかありませんでした」


 彼女は頭の回転も良くないらしく、戸惑っているうちに同じ結果になったらしい。

 祝福は軽い痛みを緩和させる程度。この場においては役に立ちそうもない。


「落ち着くんだ。とにかく誰か相談できる相手を探して。可能な限り身分の高い相手を」


 ともあれアンナを救う道を模索する。

 大丈夫だ。まだやり直せる。そう信じるしかない。


 しかしメアリは心が弱かった。

 恐ろしくてたまらないと弱音を吐くばかり。

 僕は一連の事情を打ち明け、彼女に土下座をして頼む。


「お願いだ。アンナを救ってくれ。君しか頼れる相手が居ないんだ」


「そんなことを言われてましても」


「死にたくないだろう? 助けるのが無理そうならとにかく身分の高い相手に取り次いでくれ。アンナを何とか保護したいんだ」


「わ、わかりました。出来ることをしてみます」


 幸いにも彼女は従順な性格だった。

 強い口調で言われた相手には従うところがあるらしい。

 繰り返し逆行し、数回目にしてようやく状況が好転する。

 メアリが接触可能な顔見知りの令嬢に匿ってもらえそうだと話す。


「頼む。どうかアンナのことも救ってもらえるように頼んでくれ」


「わかりました。あぁ、でも私自身を優先してもどうか、恨まないで」


 彼女は懇願するように訴え、そのまま消えた。


 次に現れたのはアンナでもメアリでもない。

 身なりと品の良さから恐らく貴族の娘だと感じた。


「あぁ、どうしてこんなことに」


 悲嘆に暮れる女性に声を掛ける。


「あなたは誰ですか?」


「わ、私は子爵家のマリアベルです」

 

 メアリに相談されたと言う令嬢。アンナよりも身分は上。

 どういう経緯かは不明だが身代わりは彼女に移ったらしい。


「メアリには以前、足を挫いた際に介抱してもらったことがあって。とても恐ろしいことが起こるから助けて欲しい、と頼まれたんです。ただあの場でアンナ様に近づくことはとてもできず」


「それは本当? 彼女を見下して見捨てたりはしなかった?」


「口さがない噂は聞こえていましたが、私自身には思うところはありません。無実であるならば気の毒に思います」


 青色。嘘は言っていない。

 距離が遠ければそもそも興味すら持たないということか。

 口調も落ち着いているし、大人しい性格なのだろう。


「何もできぬままにアンナ様は殺されてしまい、後日メアリを庇う証言をしたところ、私が犯人だと」


「メアリは?」


「わ、わかりません。特に死んだと言う話も聞きませんでしたし」

 

 とにかく、マリアベルに話をした。

 メアリには素直に話したが、多少嘘を交えるべきだと遅まきながら気づく。

 今起こっているのは何がしかの陰謀であり、誰かしらが殺されてしまう。

 そして自分は女神が遣わした天使であり、君を助けに来たと。


 そんな話を捏造した。

 強引のでっち上げだが、このままでらちが明かない。

 幸いにも嘘を見抜く祝福で相手をある程度信用させられた。

 二つの祝福を持つ者など、そうは居ない。


 夜明けへと刻一刻と近づいている。

 巻き戻りがアンナ殺害より後になった時点で終わりだ。

 いや、止める暇がなくなった時点で全ては泡となる。


「身分の高い相手に取り次いでくれ。アンナが殺されると。彼女を救わなければ君も救われない」


 もはやなりふり構わず、半ば命じるようにそれを伝える。


「何とかやってみます」


「ところで君の祝福は?」


「天候の乱れを感じ取ることが出来ます。ちなみに明日は雨なのでお洗濯には向いていません」


「気を付けるよ」


 マリアベルを過去へと送る。

 果たして無事アンナは明日を迎えられるだろうか。

 僕は、ここからは出られない。

 だからせめて、彼女だけは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る