バケモノを狩る男






 どうやら俺は、一度上手く行っただけで随分と調子に乗ってたらしい。

 甘く見ていたんだ。縄張りを荒らされたハイエナ達が、どれだけ腹を立てていたのかも知らずに。






「オラァッ!」

「がっ……」


 比較的倒壊が少なく済んだショッピングモール、その一室。

 ブーツで覆われた硬い爪先で鳩尾を蹴られ、埃っぽい床を転がる。


「げほっ、げほっげほっ!」

「一度ならず二度までもウチのシマに土足で入りやがって! てめぇに逃げられた後、俺がどれだけボスにキレられたか分かってんのか、ああ!?」


 俺の胸倉を掴み上げ、形が変わるほど腫れ上がった顔で凄む半グレ。

 その手には、刃が血で霞んだ大ぶりなナイフ。


「盗んだもんはどこに隠した」

「……た……頼む、見逃してくれ……妹が病気で……どうしても、薬と食料が──」

「知ったことかよぉっ!!」


 壁に叩き付けられ、首を絞められる。

 拘束を引き剥がそうと必死に抵抗するも、向こうの方が遥かに力が強く、まるで相手にならない。


「……いやぁ待て待て、妹だぁ? そいつは良い、最近が潰れちまってボスの機嫌が悪かったんだよな。盗品を取り返した上に女のオマケ付きと来れば、一気に汚名返上だ。へへっ、仙石権兵衛秀久も涙を流して感動するリカバリー能力ってヤツだなオイ!」


 妙に博学な半グレが、俺の右目へとナイフの刃先を宛てがった。


「そーら、盗品と妹ちゃんの居場所を言いな。心配すんなって、ウチのボスは雑食だから大抵イケる口よ。この前なんか本当に女かって域のゴリラを三日三晩──」


 瞬きすれば瞼が裂けるような寸止め。

 何の躊躇も無く人に刃物を向けている、ネジの外れた人種。


 ペラペラと聞きたくもない下衆な話を並べ立てる半グレを前に、俺は歯の根が合わなくなるほど震えていた。


 ……それでも……それでも、アスナだけは、絶対に──!!


「あぁん? なんだよその反抗的な目は、気に入らねぇな。自分の立場が分かってねぇタコ助には、おしおきだべぇ〜!」


 ナイフを握る手に力が篭り、一秒後には右目を抉り取られると確信する。

 恐怖のあまり下半身に生温かい感触が広がり、悲鳴さえ上げられなかった。


〈フウゥゥッ〉

「──お?」

〈ガアァッ!!〉


 からん、と。ナイフが床に落ちる。

 べちゃ、と。粘っこい血が顔中に飛散する。


 でも、俺の血じゃない。

 たった今、目の前で《頭を叩き潰された》、半グレの血だ。


「…………え……あ……」


 胸倉を掴む腕からも途端に力が抜け、ずるずると壁伝いに腰を落とす。

 ワケが分からず、ただ呆然と「助かった」と胸の内で呟きながら顔を上げて──その安堵が、とんだ勘違いだったと思い知らされた。


〈ガルル……〉


 いつの間にか部屋の中に居たソレ。

 輪郭こそ人間に似ていたけれど、明らかに人ではなかった。


 軽く一八〇センチメートルはあろう筋肉質な身体を毛皮で厚く覆った、二足歩行の犬。

 その全身には黒いモヤを纏い、見るからに強靭な腕に握られた金棒には、まるで水風船のように潰れた半グレの頭が貼り付いていた。


 そいつは紛れも無く──九年前に世界を滅ぼした後、多くが何処かへと姿を消した、バケモノ達の一匹だった。


〈ギギッ〉


 金棒を振って血を払い、次いで俺を見たかと思えば、犬の頭で凶悪に笑うバケモノ。

 今度こそ殺されると、最早恐怖心すら振り切れて、ただ唖然とへたり込んでいることしか出来なかった。


「──やっと見付けたぞ。手間取らせやがって」

〈ギッ──〉

深化トリガー


 けれど。またしても俺は助かった。


 一瞬、バケモノの背後で立ち上ったように見えた、黄金色の揺らめき。

 気付けば、銃もミサイルも効かない筈のバケモノの上半身は粉々に吹き飛んでいて。残った下半身は数歩千鳥足でよろめき、倒れ、砂とも塵ともつかないものへと崩れ去った。


「……子犬一匹相手に犠牲を出しちまったか。せめてロクデナシであってくれれば、俺の胸も痛まずに済むんだが」


 バケモノの影から現れた、つまりバケモノを倒したと思しき人影が、首を失くして倒れた半グレの亡骸に手を合わせる。


 浅黒い肌に金色の瞳、幾つもの痛ましい傷痕を重ねたスキンヘッドが特徴的な、大柄かつ筋肉質な身体に纏うのはタンクトップとカーゴパンツのみという軽装でパックパックを片掛けに背負った男性。

 彼は暫し黙祷を行った後、再び目を開き、俺の方に視線を向けた。


「知り合いか? 友人か?」


 半グレとの間柄を聞かれているのだと遅れて気付いて、ぎこちなく首を横に振った。


「そうか。となると、お前の様子を見る限りロクデナシの類だな。なら良かった、俺はエイハ嬢ちゃんみたいな博愛主義じゃないからな。クズは死んで構わねぇ」


 そこまで言った後、立てるか、と手を差し伸べられる。

 震えながら掴むと、力強く掴み返され、勢い良く引き起こされた。


「……ズボンを履き替えた方がいいな。着替えはあるか?」


 また首を横に張ると、男は自分の荷物からビニール袋で包まれたジャージを取り出し、俺に投げて寄越した。

 新品の服なんて、物凄い貴重品なのに。


「あ、あの……こんなもの、貰えま──」

「さっさと着替えろ。生憎下着までは持ち合わせてないけどな」


 有無を言わせぬ語調に押され、俺は内股が濡れて気持ち悪いズボンを脱ぎ、貰ったジャージに履き替える。


 そして。男に名を尋ねた。


「俺は古羽こば古羽こば隆景たかかげ






「世界復興委員会──『六光ろっこう』の末席だ」





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