合縁
「
あまりこの周辺の地理に詳しくなく、開けた土地まで案内して欲しいと言う古羽さんの頼みを引き受け、まずはショッピングモールから出ようと足を急がせていた道中。
あとひと息というところで俺達は、さっきの騒ぎに勘付いた一団に囲まれてしまった。
「さっさと答えんかいワレェ!」
集団の中でも一等に大柄な、小銃を提げた配下を何人も連れた男の恫喝。
ここら一帯を縄張りとするグループのリーダー。世界が滅ぶ前は連続殺人で死刑判決が出ていたなんて話も聞く、筋金入りの危険人物。
最悪だ。よりにもよって、こんな奴に見付かるなんて。
「あのチンピラのことを言ってるなら、やったのはコボルドだぞ」
足がすくみかけてる俺とは裏腹、溜息を吐くように淡々と答える古羽さん。
コボルドとは、さっきのバケモノのことだろうか。ルーガルーとかワードッグとか、行く先々で違う名前を聞くけど、その呼称は初耳だ。
「俺は逃げたコボルドを追ってここまで迷い込んだだけだ。お前等になんぞ用は無い」
「何を意味の分からんことをチピチピチャパチャパと……だったら、テメェらの荷物はなんだァ!? 俺様の縄張りから缶詰一個でも持ち出せると思ったのかァッ!!」
俺のリュックと古羽さんのバックパックを指差し、充血した目をギョロつかせる大男。
周りの配下達に視線で命じたのか、金属バットや鉄パイプを持った数人が、ニヤニヤと笑いながら前に出て来た。
「叩き殺した後、入り口にでも吊るしとけ。こういう馬鹿が今後現れないようにな」
各々、けだものじみた形相で俺達に迫り寄り、手にした武器を振りかぶる。
俺はさっきの半グレの末路がフラッシュバックして、頭を庇いながら強く目を閉じた。
「遅い」
だけどいつまで経っても殴られる衝撃は来ず恐る恐る目を開ける。
──全員、泡を吹いて白目を剥き、古羽さんの足元に横たわっていた。
「フン……挑み続けること三三戦全敗。未だ奴に一撃すらも入れられねぇのは業腹だが、着実に腕前は上がっているらしい」
擦り傷ひとつ負わず四人を一瞬で叩きのめし、憮然と両手を払う古羽さん。
凄い。この人、物凄く強い。
だけど。
「……ほー、大したもんだ。腕に自信ありか。だがな」
今ひとつ響きの悪い音で、大男が指を鳴らす。
それを合図に、今度は小銃を持った五人が一斉に据銃した。
「どーするよ! こうなったらどーするよ!?
「成程、一理ある。取り分け、リボルバー拳銃にはトラウマすら抱きかけている……が」
けたたましい銃声が幾つも織り重なって、廃墟と化したモール内に響き渡る。
「
同時。先程も見た黄金の揺らめきが、古羽さんを中心に渦巻いた。
「鉛色の魔弾なら兎も角、ただの鉛玉が俺に効くか」
数十発の弾頭が悉くペシャンコにひしゃげ、古羽さんの周りに散らばる。
俺は状況も忘れ、驚愕を露わに目を見開く。それは大男達の方も同じだった。
ほんの一瞬で、古羽さんの姿は大きく変容していた。
「な……なんだぁ、そりゃ……ば、バケモノ……!?」
「クリーチャーなんぞと同じ扱いはやめろ。不愉快だ」
全身に纏われた黄金の鎧。炙った鉄のように赤熱し、陽炎を漂わせる肌。
身体つきそのものも筋肉の隆起で輪郭が膨れ上がり、熱さで揺らめく周りの空気も合わさって、ひと回りもふた回りも大きく視界へと映り込む。
そして何より異質だったのは、左腕の倍以上に肥大化した、はち切れんばかりの右腕。
「……お前等みたいな連中を生かしておくと、今後の復興活動に支障が出そうだな」
泡を吹いて倒れたうちの一人の頭が踏み付けられ、乾いた音と共に、あらぬ方へと首が曲がった。
「俺は他の委員達ほど優しくねぇぞ。どうせアングラの喧嘩屋上がりだ、汚れ仕事は全て俺がやると決めてる。特にあいつには、お前のようなクズの相手なんざ絶対やらせねぇ」
俺も含め、ここに居る誰一人として動けない。
黄金の双眸で真っ直ぐ射抜かれた大男に至っては、完全に恐慌状態だった。
「た……助けっ……」
「念仏も懺悔も聞く耳持つかよ。生憎こちとら無宗教だ」
右の豪腕──ではなく、左腕でのストレート。
その一撃を受けた大男の五体は、肉片すら残さず四散した。
「案内助かったぞ坊主。帰り道は気を付けろよ」
「は、はい……」
モールを離れて少し歩いた先、渋谷のスクランブル交差点前。
ここでいいと古羽さんに言われ、俺はさっきの光景を反芻しながら、どこか現実感の無い浮ついた心地で生返事を返した。
「それじゃあな。さて、通信用のアンテナをどこに立てたもんか……」
歩き去って行く背中。
少しずつ遠ざかる姿をぼんやり眺めていた俺は、やがて強烈な焦燥感に襲われて──半ば衝動的に、古羽さんを呼び止めた。
「あ、あの! この後、お忙しいですか!?」
「ん? いや、そもそも今回の視察に具体的な目的は無いから、暇と言えば暇だが」
俺は知りたかった。
先程の明らかに尋常ではないチカラ。それについて知りたいと、そう強く思った。
そして願わくば、自分も同じものを手に入れたい、と。
「お礼をさせて下さい! 隠れ家も近くなので、是非!」
もし同じチカラが手に入るのなら──何の心配もさせず、アスナを守ってやれる。
そう考えた俺は、どうにか彼を説き伏せた。
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