第185話 停滞期の終着






「おー、こりゃすげぇ」


 三十階層の縁際に立ち、視界いっぱいに広がる景色を見下ろす。

 俺達を世界の滅亡から護り抜き、それから八年間閉じ込め続けた防壁であり牢獄が、最期を迎えようとする瞬間を。


「クリーチャーとかと同じで砂みたく崩れて消えるのな。大量の瓦礫が北海道セカイ中に降り注ぐ的な展開にならなくて良かった良かった」

「やっぱり貴方ちょいちょい細かいところが雑なのよね。もしそうなってたらどうする気だったのよ」


 姉貴に苦言を呈されるも、そこら辺に関しては大丈夫だろうと思ってたし。根拠は勘。

 俺は悪い予感も概ね当たるが、逆に言えば大丈夫と直感したことも大体大丈夫なのだ。


「ハハッ。しっかし、高いところからものを見下ろすのは気分が良いな」


 今頃、三百万人が同じ光景を地上から口開けて見上げてると思うと、殊更に。


〔パンドラ・バベルは完全攻略されました。地上時間での一六七時間後に、この塔は消滅いたします。塔内でお過ごしのお客様方には、お早めの退避を推奨します〕


 おっと。アナウンスの内容が変わった。

 なんだかんだ、回路を切り替えてから一時間も居座ってたらしい。


「名残惜しいが、そろそろ帰るか。そーら皆の衆、引率する先生の後ろにカルガモの雛の如く着いて来るのよー。オベリスクのエレベーターは片道限定らしいから、各自忘れ物とか無いようになー」

「王子様、向こうに義手投げ捨てっぱなし」


 普通に忘れてた。

 指摘感謝する、エイハ。






 ゴリゴリと内臓を揺らすような音と共に

下は下へと向かって行くエレベーター。

 結構デカかったオベリスクに内蔵されてた割、規格は他のと変わらんのな。クソ狭い。

 しかしこの狭さも味わうのもこれで最後かと思ったら、ちょっとだけ感慨深──くはないな。さっさと着いてくれ。


「シドウ君。降りたら、まずはどうするの?」


 戦いの最中に上衣を脱ぎ捨てて上半身下着姿となっていたため、エイハに貸してた俺の上着を強奪し、我が物顔で着ているレアが、そのように尋ねてきた。


「あー、そうだな。取り敢えず全員で飯でも食いに行こうぜ。ラーズグリーズも羽根を伸ばせるような奥座敷のある店でよ。今日くらい構わねぇだろ」

〈シドウ様……!〉


 シバかれてしょぼくれてたラーズグリーズが、嬉しげに高い声で反応する。

 ちなみに地上は現在進行形で確実に大騒ぎだろうから、そんな店に都合良く入って寛げるかは、正直なところかなり微妙。


「で、飯を済ませたらオヤジのところまで足運んで、周防オッサンと……ああ、古羽も呼んどかねぇとな。兎に角、ゆっくり話し合おう」


 これから先、時間はいくらでもあるんだ。

 焦らず騒がず、余裕とゆとりを持って、進めて行けばいい。


「──未来あしたの話を、よ」





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