第184話 牢獄からの解放、防壁の消滅






「次に寝込みを襲いやがったら翼をむしって手羽先にしてテメェ自身に食わせるからな」

〈うぅ……申し訳ありませんん……〉


 スロットの中に戻ったラーズグリーズが、めそめそと謝罪の言葉を吐く。

 今後一生コイツと付き合って行かなければならないと思うと、真面目に憂鬱だ。


「ノワール! ノワール! これからも一緒に居られるんだね!」

〈おお、なんたる僥倖か……この先も、我が秘術の全霊を以て、エイハ様を御守りさせて頂きたく……!!〉


 向こうではエイハとノワールが感極まってて、こっちとはえらい違いである。

 冗談抜きで交換を検討して欲しい。ちゃんと金も払うから。






深化トリガー


 ラーズグリーズとノワールを除く全てのガーディアンが消え、右手の甲のスキルスロットも半分近く剥がれ落ちてから喪失が止まった後、俺は深化トリガーを発動させた。


「シドウ君」

「……ああ、全く問題無い。いつも通り……と言うには、だいぶ弱いが」


 既に白い塔からの供給をカットされているためか、出力は六割程度まで落ちてる。

 持続時間もパンドラの言った通り、十五分前後が限度だろう。


 ──リボルバーを抜き、四発ほど虚空に向けてを撃つ。


深化トリガーの発動中はファーストスキルやセカンドスキルも擬似的に使用可能らしい。そして──」


 丹田に力を篭め、腰を据える。


真化フルトリガー


 ごう、と膨れ上がる出力。一時的に再生する左腕。

 輪郭はひと回り筋肉質となり、四本角は倍近い長さまで伸び、肌は赤黒く染まり、今は確認出来ないが三眼も強膜の色が白黒反転しているだろう。


 持続時間は……三分ってところか。


「……よし。こっちも性能が落ちた分、寧ろ完全な制御下に置けて──どうした姉貴」


 そんなに呆然として。

 確かにあまり男前が上がったとは言い難い変容だが。


「好き……」


 ああ、そう。まあ好みは人それぞれだわな。


 ともあれ、これで──


「本当なんだな、パンドラ。外の世界にクリーチャーの残党共が蔓延ってるってのは」

〈然り。其方達も外界の異様さは見たであろう。あれは崩界の日、全世界に放たれた無数のクリーチャー達による無差別破壊の痕じゃ〉


 確かにそいつは想定のひとつだった。

 が、通常の生物とは桁違いの膂力や出力を持ち、更には外套などという自身を護るエネルギーの力場を維持し続けなければならない分、相応に燃費も悪い筈のクリーチャー達が、この白い塔のような供給源も持たずに八年もの長期間に亘って動き続けられるものなのだろうか。


〈当然、高ランクの個体達はとうに活力を使い果たし、塵と消えた。しかしGランクやFランクに該当する小型、EランクやDランクに位置する中型の一部は、通常の食料補給で文字通り食い繋ぎ、未だ活動を続けておる〉


 なんだ。つまり残存してるのは木端ばかりか。


「なら楽勝……と言いたいところだが、少しだけ事態は複雑だな」

「今後、こっちの戦力は激減するものね……」


 姉貴の仰る通り、白い塔は一週間後に失われ、スキルも召喚符カードも既に消え去った現状、クリーチャーに対抗可能なチカラを残した面子は、ここに居る四人及び片脚を失くして入院中の周防オッサン、あとは古羽の六人きり。

 協会に虚偽の報告をしてサードスキルを隠し持ってる奴が居たなら話は別だが、そんなことする意味は全く無いし、スキルを発現させるとスロットもその都度形を変えるから即バレるしで、超望み薄。


〈……すまぬ。やはり先に伝えておくべきじゃった〉

「いや? 聞いてようが聞いてまいが、たぶん俺達の選択は特に変わらなかったぞ」


 赤い壁に過剰なエネルギーが流れ始めたことでか、一気に半分以上が崩れたパンドラの謝罪を適当に受け流す。

 崩界に関する罪の意識といい、どうにも自罰的な気質で参る。もし人間だったらブラック企業でいいようにこき使われるタイプだわ。


〈……八年間ずっと三十階層ここを離れられなんだ妾は、いつも海の向こうを眺めておった〉

「唐突な自分語り」


 こらレア、要らん茶々を入れてやるな。

 消え行く前の最後の言葉ってやつだ。


〈妾はこの世界が好きじゃ。じゃからこそ世界の復興を謳った其方達の意志には胸を打たれた。敬意も感じておる〉


 賞賛や参謀は俺にとっての酸素みたいものだ。もっと言ってくれていいぞ。


樟葉くずのは詠巴エイハ霧伊きりい麗亞レア雑賀さいか阿羽羅アウラ。そして、雑賀さいか慈堂シドウ


 肉体の大半が崩れ、残る部位も触れただけで粉々に砕けそうなほど罅割れた状態で、まるで母親のようにパンドラは笑った。


〈勝手な頼みと承知で申す。どうか世界を救ってくれ〉


 ひとつ強く風が吹く。

 パンドラは余さず砂塵と化し、欠片も残さず吹き流れて行った。


「──言われなくても、そのつもりだ」


 何故なら俺は、天才で、最強の、ナイスガイなんだからな。

 世界でさえも、この掌の上よ。





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