第183話 渋柿の長持ち






〈──シドウ様。あまり時間が残されていないようですので、単刀直入に申し上げます〉


 分離して早々、かしこまった態度で面を上げるラーズグリーズ。

 一体何を言うつもりなのかと待っていたら……泡を食ったように軽鎧を外し始めた。


〈このっ、相変わらず固い留め具ですね……よし外れた! さあシドウ様! ベッドどころか屋根も無い場所というのは少々雰囲気に欠けますが、贅沢は言ってられません! 私が消える前に、どうか愛を下さいませ!〉


 何言ってんだコイツ。


「……前々から聞きたかったんだが、ワルキューレって種族は、お前みたいなのがデフォルトなのか?」

〈いえ、どちらかと言えば私は奥手な方で……ブリュンヒルデお姉様あたりは気に入った勇士を槍で串刺しにしてベッドに磔とします〉


 ただの蛮族じゃねぇか。クリーチャーやガーディアンは神話や伝承なんかの空想からカタチを得た存在、みたいなことをクトゥルフが言っていたが、ボーパルバニーのネットミーム汚染といい、一体どういうイメージを拾ったらそんな感じに再現されるんだよ。


「生憎、外でヤる趣味はねぇ。諦めろ」

〈……残念です〉


 しょんぼりと衣服を整えるラーズグリーズ。

 少しだけ可哀想な気分にさせられるが、こういうのは流されるとロクなことにならん。

 そもそも俺はナイスガイであってプレイボーイではないのだ。そこら辺ごっちゃにしないで頂きたい。


 つーか。


「長い間とは言えなかったが、それなりの修羅場を共に駆け抜けたんだ。もうちょっとこう、あるだろ何か」

〈……? ……??〉


 本気の困惑顔で首を傾げ始めやがった。

 頭の中ピンク一色かよ。もしかして俺の方が間違ってるのか? まさかそんな。


 ──と。ラーズグリーズの身体が、光の粒子に解け始めた。

 どうやら時間らしい。本当に、最後まで締まらない。


〈……シドウ様。実は貴方様にひとつ、伝えておかなければならないことが御座います〉

「あ?」


 どうした、急に真剣な顔して。

 真面目な話があるんなら、最初からそうしろ。


〈此度の行軍に先立ち、ビジネスホテルで休息を取られたではありませんか〉

「ああ」

〈実はその時、就寝されている御身に……口では言えないようなことを、少々……〉


 …………。


「てめぇ、やっぱり起きた時の身清めアレだったのか!」

〈あら、勘付いておられたのですか?〉


 まさかとは思ったがコイツ!

 おいコラ、待て、消えるな、いっぺんシバかせろ!


〈ふふふっ。それでは愛しき我が勇士よ、ここに永遠の別れを──〉


 とっ捕まえようとする俺の手を逃れ、完全に光となって消え去るラーズグリーズ。


〈────あら?〉


 かと思えば、普通に再び輪郭を模り、俺の目の前に降り立った。


〈……あ、あの、創造主オーディン? 私、消えないのですが?〉

〈はあ? 何を言うておるのじゃ其方〉


 近くに居た、やっと左手の指三本崩れ去ったパンドラが、怪訝な顔をする。


〈妾は塔内のクリーチャーと召喚符カードに封じられたクリーチャーは消え去る、としか申しておらぬぞ。其方のように人間と一体化した個体は別じゃ〉

〈え゛〉


 ついでに、とパンドラが俺のスロットを指差す。


〈この後は各スキルもスロットごと消滅するが、サードスキルだけは例外でな。アレは肉体に強く根付いた異能、白い塔わらわという供給源を欠いても消えはせぬ。尤も、今後は一度の発動に十五分程度の制限が掛かる上、多少出力も落ちるが……ああ、だからこその心配も無用となるぞ。そもそも異形化に至らしめるだけの過剰なチカラを発揮出来なくなるからの〉


 成程。そいつは大変良いことを聞いた。

 が、今は他にやることがあるので、考察や検証は後回しだ。


「ラーズグリーズ。最期に何か言っておきたいことはあるか?」

〈…………ご……御馳走様、でした……?〉


 面白い。それが貴様の遺言か。

 墓標にはあらん限りの罵倒を書き連ねておいてやろう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る