第182話 愛別離苦






〔パンドラ・バベルは完全攻略されました。地上時間での一六八時間後に、この塔は消滅いたします。塔内でお過ごしのお客様方には、お早めの退避を推奨します〕

〔パンドラ・バベルは完全攻略されました。地上時間での一六八時間後に、この塔は消滅いたします。塔内でお過ごしのお客様方には、お早めの退避を推奨します〕

〔パンドラ・バベルは完全攻略されました。地上時間での一六八時間後に、この塔は消滅いたします。塔内でお過ごしのお客様方には、お早めの退避を推奨します〕


 スキルスロットの眩光が収まり、オベリスクが低く駆動音を唸らせると同時、気の抜けるようなアナウンスが繰り返し流れ始める。

 なんだこれ。


〈塔内の全階層に同じ告知が出ておる。余程の物好き以外、運命を共にする者は出まい〉

「アフターサービスが行き届いてるのね」


 くあ、と欠伸しながらレアが呟く。

 ……ちょっと待てよ。


「一六八時間て、一週間じゃねぇか。その間に二十五階層まで戻るのは百パー無理だぞ」

〈案ずるな。其方達の帰り道は用意されておる〉


 そう言ってパンドラがオベリスクの表面を叩くと、継ぎ目も分からないほどぴったり閉じていた扉が開き──親の顔より見慣れたエレベーターが露わとなる。

 いや、それは言い過ぎか。もっと親の顔見ろ。


「其方達がファーストスキルや召喚符カードを得るために使うた一階の黒い柱と繋がっておる。を済ませたら帰るがよい」


 そう言えば、どっちも階層のきっかり中心に鎮座してるな。

 白い塔諸共消えずに済んで、良かった良かった。


 …………。


「別れ?」

「もうじき塔内のクリーチャーは残らず消える。当然、召喚符カードに封じられたクリーチャーも……ああ、其方達はガーディアンと呼んでおったか。そやつらも、じゃ」






「ノワール……今まで、ありがとう……っ……やっぱり嫌だよ、お別れなんて……!」

〈どうか悲しまれぬよう。エイハ様は正しきご決断を下されました。善き主人あるじに恵まれたこと、心より誇りに思っております〉


 スキルスロットから分離したノーライフキングと向き合い、その骨の手を取るエイハ。

 俺達の中では最も真っ当に絆を紡いでいただろう一人と一体。正直、他との温度差で風邪ひきそう。


「ちょ、このっ……あーもう、やめなさいアンタ達! お座り! お手! ステイ!」


 何せ向こうでは姉貴が大量のガーディアン達にじゃれつかれてる。

 やたら動物に好かれるタイプだからな。野生のカラスが肩に止まったこともあるし。札幌競馬場のパドックを回ってた競走馬が全頭姉貴の前に寄って来て離れなかった時は、生まれて初めて嫉妬という感情を覚えたもんだ。


 で、レアはと言うと。


「最後だから伝えておくけど、実は私、猫派なのよね」

〈キャイン!?〉


 酷い裏切りの現場が展開されてた。

 ケルベロスの三つの頭が残らず愕然としてやがる。意外と表情豊かなのな。




 

〈カカカカカッ! 短い旅ではあったが、強敵揃いで楽しめたぞ! やはり貴公を選んだオレの目に狂いは無かったな!〉

「慧眼と言ってやりたいが、生憎俺が天才かつ最強のナイスガイであることは全宇宙が広く知るところだからな」


 馬鹿でかいもんだから、喚び出すために俺一人だけ離れた位置に立つ。


 あとついでに、ファフニールには礼を言っておきたいこともあったし。

 そんな姿を人に見せるとか、かなり抵抗あるもんで。


「……クトゥルフとの戦いの時。姉貴を守ってくれて、ありがとう」

〈カカッ! 礼には及ばん! 竜とは麗しき乙女を守護するものだ!〉

「麗しきは兎も角、乙女って歳かね……」


 本人には聞こえないよう特に小声で呟く。

 姉貴も結構地獄耳で陰口には敏感なのだ。石狩川に蹴落とされかねん。


〈では、さらば! 貴公らの行く末に幸多からんことを!〉


 呵々大笑を上げ、ファフニールは消えて行った。


 ……アイツがモノリスから排出されなかったら、今こうして俺達が三十階層に立てていたかどうかは……少しだけ、怪しいところだ。

 そういう意味でも、まあ、頭の片隅で感謝の念くらいは抱いておこう。


 ──そして。


〈私に人類のため、最後のひと働きをさせてくれたこと、心より御礼申し上げる。我が罪は決して消えないが……輝ける未来の礎、その一片にでもなれたのなら──〉

「あーはいはい。俺は神父じゃねぇ、お前の告解に付き合うほど気も長くねぇ」


 巨体で以て俺を見下ろすバハムート。頭が高いんだよ、伏せろ。


 やはりと言うか、あまり見ていて愉快な面ではないが……コイツにも一応、伝えるべきことがある。


「…………お前の封印解除の時、ついでにオヤジから聞かされてた話がある。軍城アリサの遺言についてだ」

〈ッ!〉


 ファフニールの何倍もある体躯を揺らし、たじろぐバハムート。


「外の世界の家族……特に幼くして生き別れた弟妹への謝罪と併せて、お前にも言葉を遺していた。そいつはもうボロクソに罵ってたが、知りたいか?」

〈……教えて欲しい。どんな罵倒であっても、私には受け止める義務がある〉


 あーそう。つまんな。

 でも頷いたんなら教えなくちゃ不公平か。コイツの力が無きゃ、ここまで来る難易度がルナティック通り越してたことは確かなワケだし。


 では耳を拝借。心して聞くがいい。


「──『私を守ろうとしてくれてありがとう、。ラベンダー畑を一緒に見に行く約束、破っちゃってごめんね』……だとよ」


 本人のボイスデータを参考にした声真似。

 天才はこういう小技にかけても天才なのだ。


〈──ッッ──アリ、サ……そんな……私は……君に恨まれてるものだと……っ!!〉

「軍城アリサが自決を選んだ最大の理由は、自分の不注意で大量殺人を犯させてしまったことに深く責任を感じたからだそうだ。お前達ガーディアンが消えた後、どうなるのかは知らんが……もしあの世とやらに行くんなら、詫びるならなんなりすればいい」


 滝のような涙を流し、嗚咽を響かせ、バハムートもまた消えて行く。

 俺をずぶ濡れにする気かってんだ。咄嗟に縮地使っちまったわ。


 …………。


「で、最後はお前か」


 スキルスロットから光が溢れ、渦巻き、ヒトガタを形作る。

 銀髪金瞳に白亜の翼を擁し、腰までスリットの入った簡素なワンピースの上から軽鎧を纏い、今ひとつ杖だか槍だか分かり辛い杖槍を携えたガーディアン──ワルキューレが、俺の眼前で跪く。


「ラーズグリーズ」





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