第181話 目標達成






 赤い石が嵌め込まれた台座の前に立つ。

 その表面に浮かび上がる手形を見下ろしていると──オベリスクに寄りかかっていたパンドラの身体が、少しずつ崩れ始めた。


〈む。もう始まったか。思うたより早いものじゃな〉

「え……あ、あの、大丈夫なんですかそれ!?」


 あまりに平然としているもので、素っ頓狂にそう尋ねるエイハ。

 対するパンドラは、これが大丈夫に見えるようなら病院に行くがよい、と返す。


〈妾は治癒の使用こそ許されておるが、ルールを破れば当然こうして自壊する〉

「ルールって……まさか、ボク達二人に使ったから!?」


 セカンドスキル治癒は一日に一度、一人を相手にしか使えない。

 塔の知性であるパンドラは違うのかと思っていたが……単なる横紙破りだったらしい。


〈気にするでない。壁を壊すのであれば、どうせ妾もまた消え去るのみ。ほんの少しばかりタイミングが早まっただけの話じゃ〉


 心境的にそういうワケにも行かないもんだと思うが。


〈……本当に気にせんでくれ。寧ろ妾は誇らしくさえ思うておる。この北海道セカイを解放へと導いた英雄達の傷を癒し、罪深き己が身に終止符を打てるのじゃからな〉

「でも貴女が治したの、内輪揉めの傷よね」

〈…………〉


 レア。そういう余計なことは分かってても言わないもんだ。


「パンドラ・バベル。私は貴女に罪があるとは思えない。貴女はただ造られただけの存在で、そして自分の立場にずっと苦悩し続けていた。そうでしょう?」

〈ふふっ。いの一番に斬り掛かってきた血の気の多い娘が、優しいことを言うてくれる〉


 じゃがな、とパンドラは姉貴に向かってかぶりを振り、物憂げに笑った。


〈この殺風景な地には、悲鳴と断末魔が良く響く。それを生み出した要因のひとつは、やはり妾なのじゃよ〉

「そんなの──!」


 更に言い縋ろうと身を乗り出す姉貴の肩に手を置き、制止する。


 こういうのに理屈で説いても無駄だ。罪の意識ってのは、正論じゃ消えない。

 六十秒の惨劇が起きてしまった数日後、バハムートの所持者だった軍城アリサが、自ら命を絶ったようにな。


 俺もきっと……オフクロの件では、終生自分を許せないだろう。


〈ふふ、ありがとう落とし子よ。いや、雑賀シドウであったな。お主達のお陰で、妾はこうして穏やかな心地で逝ける〉


 さらさらと、パンドラの身体に奔る亀裂から光の粒子が溢れ、風に乗って流れて行く。


〈……ほれ、妾が消える前に回路のスイッチを入れぬか。もう左手の小指と薬指の第一関節が無くなってしもうた〉

「まだ大分余裕あるなオイ」


 肩をすくめ、台座表面の手形に掌を合わせる。

 輝き始めるスキルスロット。これにて、目標完全達成だ。





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