第180話 決着
「無理ね」
目覚めて早々、レアの奴がエイハを見て、そう言った。
「普通に猿は猿だわ。このチンパンジー」
「チンパンジー!?」
その手の暴言とは今までの人生で無縁だっただろう宝塚系美女のエイハが、盛大にショックを受けた様子でよろめいた。
併せて全身の筋肉痛と嵌め直したばかりの脱臼の痛みゆえか、うめきつつ蹲る。
「痛い痛い痛い痛い……帰り道大丈夫かな、これ……」
「腱も切れてなければ骨も折れてない。その程度で済んで良かったじゃない」
手当てを行った姉貴が、やれやれとばかりに肩をすくめる。
確かに
「ちょっとチンパンジー、倒れてないでもう一回戦いなさいよ。あと私のことサゲマンって言ったの謝って」
「無理無理無理……それに関してはゴメン。けど、あながち間違ったことは言って──ホントにゴメン待って待って! 暴力反対! 暴力反対!」
「よせ、相手は怪我人だぞ。まあ、お前もだが」
無表情に振り上げられた拳を掴むと、何か思い付いた様子でわざとらしく泣き真似を始めたレアが俺に抱きついてきた。
「くすん、くすん。シドウ君、私の心は深く傷付いたわ。ここはひとつ、頭を撫でて優しく慰めてちょうだい」
何言ってんだコイツ。
「早く」
「……よしよし……?」
なんか有無を言わせぬ感じだったので、取り敢えずリクエストに応じてみる。
するとレアは羨ましげに指を咥えていたエイハに向かって、べっと舌を突き出した。
程度の低い嫌がらせ目的で俺をダシに使うんじゃありませんよ。
…………。
「お前、やられた割には妙に機嫌が良いな」
「そんなことないわ。はらわたが煮えくり返りそうよ」
言葉とは裏腹、穏やかな口調。
アザが残った鳩尾に手を添え、俺にだけ見える角度で小さく微笑むレア。
なんだろう。憑き物が落ちたようなって、こういう態度のことを指すのかもしれん。
「あと姉貴。なんでレアの後ろに並んでるんだ」
「私も抱き締めて頭を撫でて貰おうと思って」
「ぼ、ボクも! ボクも是非──いたたたたたた」
代償の割には軽いと言っても、普通に重傷なんだから大人しくしてろよエイハ。
二人の怪我を見かねたパンドラが裁量で治癒をかけてくれたため、取り敢えず帰り道の心配は無くなった。
全員元気になったところで、話を進めることに。
「素直に認めるわ。今回は私の敗けよ」
ボロボロになった上衣を脱ぎ捨て、上半身下着姿となったレアが、ひらひら手を振る。
「ただし近々再戦を要求するわ。ボッコボコにしてやるから覚悟しなさい」
「うぅ……なんだか二度と勝てない気が……」
やっぱり少し様子が変わったな、レアの奴。
常に薄ら漂ってた退廃的な雰囲気が、綺麗さっぱりとまでは行かないにせよ、晴れた。
「それじゃあ、赤い壁を壊すってことで構わないんだな?」
「ええ、好きにして。仕方ないから世界の復興とやらも、暇な時には手伝ってあげる」
急に物分かりが良くなって気持ち悪い。
倒れる時に頭でも打ったのか。
「……でも本当に良いの? 言っておくけど、地上には私と同じ意見の奴なんていくらでも居る筈だわ。壁の外の真実を知れば、余計なことをしたと責め立てられるかもね」
そりゃ当然、俺達を戦犯扱いする声も少なからず上がるだろうな。
「逆に聞くが、その程度の展開を俺が予見してないとでも思うのか? そんなもん赤ん坊の夜泣きと変わらねぇよ、ちょいとあやせば済むこった」
「そう。ならどうぞ、ご自由に」
させて頂きますとも。
〈……どうやら、意見は纏まったようじゃな〉
現れた時と同様、オベリスクの頂点である七角錐に腰掛けていたパンドラが呟く。
そして、受け止めよ、と言って再び俺目掛けて飛び降りる。
俺は──ひょいと身を躱すと、パンドラは思いっきり着地に失敗し、潰れたカエルのような声を上げ、うつ伏せに床へと倒れ込んだ。
〈……じゃから……何故、受け止めぬのだ……〉
「いや、天丼かと思って。繰り返しのギャグはお笑いの基本だろ、俺はそっち方面にかけても天才なんだ」
そんなワケあるか、と恨みがましく返された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます