第178話 力と心






「……その姿……」


 衝突した二色のオーラ、その残滓が晴れた先にて立つエイハを見た瞬間、レアはそれが真化フルトリガーであると即座に気付く。


 併せて。それを平然と発動させた、エイハの正気を疑った。


「貴女……そこまで馬鹿だったの? がどういうものか、シドウ君から教わったんじゃないの? 猿以下の知能の化け物になりたいの?」

「まさか。そうなったら王子様と結婚出来ないじゃないか」


 冗談めかした風な語調で、けれど割と本気の発言と共に、エイハが身構える。


「でもボクがキミに勝つには、こうするしかなかった。だから覚悟を決めたんだ」


 直後──鎧の背面から光熱を噴出させ、レアとの間合いを一気に詰める。


「ぐっ……!」


 文字通りのロケットスタート。

 内臓が圧迫される感覚を堪えながら、エイハは渾身の拳を放つ。


「ッ!」


 その拳も、肘からの光熱噴出によって加速された一撃。

 人間の反応速度で対処可能な領域を逸脱した、神速の一閃。


 深化トリガーを発動させたレアの身体能力を以てしても回避困難なそれを、紙一重で凌ぐ。


「はぁああッ!」

「くっ……っ!」


 そこへ更なる連打。

 双方足を止め、激しい攻防の応酬となる。


「ふっ、シィッ、ハァッ!」

「このっ……鬱陶、しい……!」


 引き摺り込んだインファイト。もしレアに翼が残っていれば、空へ逃げられただろう。

 否。格下相手に押されて後退など、その時点でレアにとっては敗北も同じ。翼の有無に関わらず、この構図は成立した筈。


「ぐ、くっ」


 打ち合いは、一見すれば突けど払えど全く有効打にならないエイハが優勢。

 しかし、鎧の後押しによって無理やり成り立たせている絶え間無い連続攻撃は彼女の筋骨や関節を軋ませ、所作の都度ダメージを積み上げていた。


「……動くだけで息が上がってるじゃない。なんで、なんでそこまでするのよ」


 やがて四半歩、無意識にレアが退く。


「意味が分からない! 頭おかしいんじゃないの!? 化け物になるリスクを背負って、今も苦しい思いをして! そうまでして私と戦って、仮に勝って外の世界に出て行ったところで、何になるって言うのよ!」


 柄を短く持ち替えた至近距離での刺突が、鎧で覆われた胸を突く。

 しかし貫けず、怯みもせず、エイハは攻撃の手を緩めない。


「さっきも言った! ボクはあの壊れた世界を放っておけない! 壁の中に閉じ篭って、百一年後の人達に滅びを押し付けることもしたくない!」

が分からないって言ってるの! 他人しか居ない未来のことなんて気遣って何になるのよ! 瓦礫の山で這いずってる猿共を助けて回ることに人生捧げて、一体何になるって言うのよ!」

「そっちももう言った! ボクが瓦礫の中に閉じ込められていた時、震えるほど怖かったからだ! ボクがシドウに助けられた時、心の底から嬉しかったからだ! ボクはボクが貰った安堵を、ボクと同じような立場の人達に分けてあげたい! そのためなら、ここで怪物に堕ちてでもキミと戦う覚悟だってある!」

「矛盾だわ! 化け物になれば、貴女の言う未来だって訪れない!」

「その時はその時だ! 後のことはシドウに任せる! 任せられるからこそ、こうしてる! だって彼は──ボクの王子様なんだから!」


 罅割れた槍の穂先。

 その欠片が、宙を舞った。


! キミはボクにそう言ったね! ならキミはボクの逆だ!」


 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 少しずつ、レアの槍が崩れて行く。


「キミには心が無い! 卓越した力を持っていながら、ただ漫然とシドウと同じ道を選んできただけのキミに、ボクや彼と同じ覚悟なんて持てやしない!」


 このままでは、と。そんな予感、天才ゆえのそうそう外れぬ未来予測が、好ましくない結果をレアに囁く。


 次いで、ほんの少しだけ意識が向いたのは、スカートのポケットに仕舞われた召喚符カード

 目の前の女やシドウと同じようにガーディアンを取り込み、真化フルトリガーを発動させれば容易く勝てると、冷静かつ客観的な思考が結論を出す。


「──いいや違う。キミだってシドウのために行動したからこそ、今こうしてる。ちゃんと心を持っている。でも、それが出来るならどうして、その心を少しでもいいから、他の人達にも向けてあげられないんだ! キミにはボクなんかより、ずっと多くの人を救える力があるのに!」

「うるさいうるさい! なんで私が猿のために骨を折らなきゃいけないの!? 人間なんて……人間なんて、私とシドウ君以外どこにも居ないのよ!!」


 しかし、レアには踏み出せない。

 この世で自分とシドウだけが人間であると認識する彼女にとって、人でなくなるかもしれないというリスクは、あまりに重過ぎた。


「(もし私が化け物になったら──シドウ君を、ひとりぼっちに──)」


 その躊躇が、勝敗を分けた。


「そうやって自分の殻に閉じ籠って、狭い了見で生きてるから──こうやって、ボクなんかに足元を掬われるんだ」


 ばきりと音を立てて、拳に槍が砕かれる。

 砕いて尚も拳の勢いは止まらず、レアの鳩尾を打ち抜いた。


「は……かっ……」


 横隔膜を叩かれたことで、呼吸が止まる。

 激しい攻防によって多量の酸素を求める身体に、それは決定打となる痛手だった。


「あ、ぐっ」


 酸欠で暗く落ちて行く視界。

 意識が薄れる中、レアは力を振り絞って二歩三歩と進み、エイハの胸倉を掴んだ。


「……この……猿……が……」


 吐き出されたのは、精一杯の恨み言。

 そこで完全に失神し、よろめく最中に深化トリガーも解け、あとは糸が切れた人形のように倒れ伏した。





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