第177話 真化魔甲






 荒々しく吹き荒ぶ、小規模な嵐の如き突風。

 後退させられそうになる身体を、姉貴共々踏ん張って耐える。


 そんな夥しい余波を伴う激突が、優に十秒以上も続いた。

 ぶつかり合う紫と青のエネルギーがそれぞれ激しく光を放ち、中心部がどうなっているのかは窺い知れない。


 …………。

 やがて段階的に暴威は治まり、真っ直ぐ立てるようになった頃、細い穂先に亀裂の入った槍が、着地したレアの手元まで舞い戻る。


 そして。


「……はぁぁぁぁっ。死ぬかと思ったぁ……」


 衝突の爆心地。霧散した二色のエネルギーの残滓が煌めく中から、片膝をついたエイハがで現れた。


 更に異様さを増した、新たな鎧を纏った姿で。


「何、あれ……」


 ああ。そう言えば姉貴は存在自体知らなかったな。

 俺が二十六階層で使った時は、死にかけで意識不明だったし。


真化フルトリガーだ。D+ランクのクリーチャーをスキルスロットに取り込んで深化トリガーの出力を爆発的に上げる、まあ一種の裏技だな」


 取り込んだであろうノーライフキング──ノワールの影響を受けてか、随所に反映された骨の意匠。

 俺の真化フルトリガーには特にラーズグリーズが混ざってるような印象は無かったが、そこら辺は個人差と言うか、使用者の我の強さの問題だろうか。


「だ……大丈夫なの、あれ……なんか、明らかに普通じゃないけど……」


 大丈夫なワケあるか。下手すりゃ発動直後に怪物化でジ・エンドだ。

 エイハの奴、なんて無茶を。使ったら人間に戻れるのかも分からない代物だと、ちゃんと教えておいたってのに──いや、待て。待てよ?


「……恐らく、大丈夫だ」


 エイハの深化トリガーは他と違い、肉体が殆ど変異しない。

 今だって、目に見えた変化は髪が膝あたりまで伸びた程度。夜空のような群青色に、陽光を照り返す艶がまるで瞬く星みたいで、すごく綺麗だ。


 いや、俺の個人的感想は置いといて。つまりエイハの身体そのものは、真化フルトリガーが齎す過大な出力に対し、ほぼ直接的な影響を受けていないってことになる。


 俺とは逆の意味で、あのチカラとの相性が非常に良い。

 アイツは多分──怪物化に至ることは、無い。


「にしたって、蓋を開けてみるまでは分からなかっただろうに」


 更に言えば、大丈夫なだけであって問題が無いワケではない。

 真化フルトリガーを受けて更に性能が跳ね上がった魔甲。よくよく見ればまで纏ってやがる。

 あんな代物が肉体に吸着するとなると、最早それは噛み付かれている等しい状態。尋常ならざる負荷が掛かってる筈。


 ……正直、ここが最後の潮時だ。これ以上続ければ、本気で死人が出かねない。


 だが、どうしても……止めに入る気には、なれなかった。


「チッ」


 軽く舌打ちし、決着まで見届けることを自分自身へと示すように、その場に座り込む。


「姉貴。姉貴も、エイハを止めないでやってくれ」

「……止めないわよ。そんなことしたら、一生恨まれそうだし」


 こうなったら、とことんやれ。

 そして、これは俺の我儘だが……二人揃って、無事に終わって欲しい。





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