第175話 深化魔甲
水が急速で凍りつくような音と共に、エイハの変貌が始まった。
「ふうぅぅ……ッ」
なお、エイハの
容姿に目立った変化は無い。青い髪の含む艶が、やや増したくらいだろう。
身体能力もそこまで変わらない。強くはなったが、精々二倍程度。
代わりに、大きく変容を遂げるのは──魔甲が生み出した鎧。
オーラの密度が極端に増したことで全体を彩る青みが深まり、晴れ渡った夜空を思わせるような黒に近い群青色へと移り変わる。
形状そのものも全身、口元から上以外の悉くを覆い尽くす甲殻じみた鋭利な造形に変容し、無機物と生物の中間を思わせる質感となって行った。
程なく魔甲の展開が終わり、閉じていた碧眼を開くエイハ。
体の形がハッキリ浮くほど薄い、肌身に密着した鎧を継ぎ目無く纏った五指が、ぎしりと軋みを上げて握り締められた。
「……三秒経過。その薄っぺらい鎧ごと貫いて、おしまいにしてあげる」
猶予を数え終え、槍を構え、深く踏み込み、間合いを詰めるレア。
一方のエイハは無造作に左手を突き出し、掌を広げた。
直後──青く透き通ったガラス質の半球が、両者を挟んだ正面の空間へと展開される。
「シィッ!」
肉体ではなくスキルの位階を一段階押し上げる方向性へとリソースが注ぎ込まれた、他とは全く毛色の違う
「……そう。私に手間をかけさせようって言うの」
Dランククリーチャーの外套を容易く貫き、その内側の肉体にまで痛打を齎す一刺。
それを小さな亀裂ひとつで受け止めたバリアを見たレアが、苛立たしげに目を細めた。
「違う。ボクはキミに勝つつもりだ」
「笑えない冗談だわ」
柔軟かつ強靭な筋肉によって一秒間で放たれる、目にも留まらぬ三連刺突。
ここまでの道中、Bランククリーチャーとガーディアン達の戦闘で生じた余波を悉く防ぎ切ったバリアが、素早く正確に打点を集中させた槍捌きによって粉々に砕かれた。
「くっ……!」
続け様の第四撃を新たなバリアで防ごうとするエイハだが、治癒を発動させたばかりとあって少なからず消耗しており、身体のキレが鈍い。
今一歩のところで再展開が間に合わず、懐に潜り込まれ、鳩尾に強烈な突きを受けた。
「ッ……はぁっ!」
が、鎧本体の頑強さは優にバリアを凌ぐ。
装甲厚にして数ミリも無いだろう甲殻は貫けず、衝撃も内部まで届かず。
更には返す刀、鋭い上段蹴りを繰り出し、レアを鬱陶しそうに数歩分後退させた。
「……戦闘は不得意って言ってたけど、結構良い体術じゃない」
「そいつは対クリーチャー戦の話な。空手三段だそうだ」
対人戦ならエイハは普通に強いし体力もある。力量的には概ね古羽あたりと良い勝負だろう。そこらの道場に行けば確実にアタマ張れるレベル。
俺やレアと比べれば大きく見劣りするのは仕方ないが、今の魔甲の性能を加味したならば、そう簡単には打ち崩せない。
何より、レアは完全にエイハを下に見てる。思いっきり舐めてかかってる。
それは相手に対する過小評価でも自分に対する過大評価でもない、彼我の実力差を正確に捉えた上での妥当な対応だが、そこに付け入る隙がある。
ついでに言えば、消耗してるのはレアだって同じ。
三発が限度の全力投擲を既に一度使い、ちぎれた翼の疼痛もあろう。結構だるい筈。
だからこそ早く終わらせたがって、バリアの存在を当然知っていながらも正面から突っ込んだ。さっきの俺とは状況も心境も異なれど、レアの奴もまた決着に勇み足を踏んでいる。
ならエイハに
「……ああ、もうっ。さっさと、倒れなさい、よっ!」
二枚目のバリアを砕き、息もつかせず鎧の四ヶ所に刺突。
想像以上にエイハの護りが硬かったのか、苛立ちが増して攻撃が雑になってきている。
故にだろう。三枚目のバリアに気付くのが一瞬遅れて──頭からぶつかった。
「ッ、たぁ……!」
もしも向かい合う相手が俺だったなら、絶対しでかさなかっただろう凡ミス。
やたら硬い格下に手間取り、疲れもあってイライラし精彩を欠いた、強者ゆえの至極当然な慢心が招いた間隙。
そして。そこを見逃すほど、エイハも未熟ではない。
「──ハァアアッッ!!」
他の
身長と比して長い脚、魔甲の鎧で覆われた踵が、レアの顔面へとクリーンヒットした。
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