第173話 勝敗と異論






「シドウ!!」


 一部始終を見守っていた姉貴とエイハが、揃って駆け寄って来る。

 意識を失くしてもいないのに深化トリガーが独りでに解除され、自力で起き上がることも出来ない有様となった俺が最初に思ったのは──「格好悪いところ見られちまったな」だった。


「……出来れば……倒れた姿を、直視しないでくれると……助かる……最悪だ、穴があったら埋めて欲しい……」

「アンタこんな時に何言ってるのよ!? エイハちゃん、治癒を!」

「はい! 大丈夫、すぐ治すから……!」


 姉貴が俺を仰向けに抱きかかえ、エイハがスキルを発動させる。


 注ぎ込まれる青いオーラ。土手っ腹に空いた大穴が、逆再生の如く塞がって行く。

 使う姿を見たことは何度かあるが、こうして自分が使われる立場になると随分奇妙な感じだなこれ。ちょっと気持ちいいけど。


 …………。


「悪い、二人とも。敗けちまった」


 交錯する一瞬、レアの槍が歪んで見えた。

 全身の模様タトゥーによる光の乱反射を用いた陽炎。まさかあんな初見殺しの手品に過ぎない小技を二度も使ってくるとは思わず、意表を突かれた。


 否。やはり俺は焦っていたんだろう。普段なら、その可能性も想定に入れてた筈。

 次が最後の一撃だと、絶対に決めなければと意気込んで、余裕とゆとりを、俺らしさを欠いていた。視野も思考も狭まっていた。

 そんな状態で互角の相手とぶつかったなら、敗れるのも予定調和か。


〈……シドウ様。申し訳ありません〉

「ラーズグリーズ……」


 深化トリガーが解けたことで制御から離れたのか、頭の中に響く声。

 悔恨の念で満ちた、謝罪の言葉。


〈私がチカラを御しきれなかったばかりに……この罰は、なんなりと……!〉

「よせ。お前に非は無い」


 想定以上の速度で怪物化の侵食が始まりかけていたことは確かだ。

 俺はどうやら、真化フルトリガーとの相性が良過ぎたらしい。この肉体があまりにパーフェクト過ぎて、怪物化のためにあれこれ作り替える手間が少ないんだろう。

 最強であることが裏目に出るとは困ったもんだ。今回ばかりは、本当に。


 だがしかし、少なくとも最後の瞬間は、何の妨げも受けていなかった。

 ハッキリ俺自身が敗けたんだ。そこに他責じみた言い訳が入る余地は無い。


「……姉貴。エイハも、本当に済まな──もご」


 二度目の謝罪が口を突いて出かけた途中、姉貴の掌で塞がれた。


「しおらしく謝るなんてやめなさいよ。調子狂うじゃない」

「むごもごもがもご」

「俺だってたまには人に頭くらい下げる? 見え透いた嘘ね、アンタの頭が肩より下がったところなんて一度も見たことないわ」

「もごご、もごもが」

「ぷっ、あははははっ! いいわね、そのジョーク! 結構笑えるわ!」

「なんでシドウの言ってることが分かるんですか……?」


 いーやエイハよ、姉貴は絶対分かってないぞ。

 何故なら俺は、ジョークなんて言ったつもりは無いからな。






 三十秒ほどかけて治癒が終わり、拳が通りそうだった腹の穴も綺麗に塞がった後、跳ね起きるように立ち上がる。

 寝る時以外は決して地に横たわらないってのが俺のポリシーだったってのに。目撃者が姉貴とエイハじゃ石狩川に沈めるワケにも行かんし、とんだ黒歴史だ。


「…………痛かった」


 次いで、白い床で寝そべっていたレアもまた身を起こす。

 上手く受け身を取ったのか、特に擦り傷などを負った様子は無い。


「今のは、痛かったわ」


 恨めしげに俺を見遣り、八割ほど千切れてしまった翼を振り返るレア。

 あれではもう、飛べないだろう。


「俺がやっといて聞くのもなんだが、お前それ大丈夫なのか? 確か背骨の一部が変質したものなんだろ?」

「多分平気よ。私も昔ボーパルバニーに尻尾もぎ取られたけど何日か腰痛になっただけで済んだし、痛みが引いたら新しく生えてきたもの」


 自身の体験談を語る姉貴だが、膂力特化で生命力が鬼のように強い姉貴の深化トリガーと単純に同一視していいのかは甚だ疑問だ。

 まあ、いざとなったらエイハに治療させれば問題無いか。


「……痛かったけど……ふふっ。私の勝ち、ね?」


 普段あまり見せない、婀娜っぽい笑みで宣言するレア。

 腹立つ。が、敗けたものは仕方ない。潔く認めよう。こういう時に往生際が悪いと却って格好がつかないからな。

 格好の問題は全てに於いて優先される。


「チッ。今回はお前の勝ちだ」

「今回、よ。私の方が勝ち越してるもの」


 ぐぬぬ。


「……これで、壁を残すことに決まりでいいわよね?」

「…………ああ」


 敗けた以上、俺がこの件でレアに異議を唱える権利は無い。

 今この瞬間、北海道セカイは百一年後に滅びることが確定した。


 あ、でも待てよ。パンドラは次の延命手段は無いと言ったが、が無いとまでは言わなかったな。

 少なくとも過剰なエネルギーを注げば赤い壁は破壊出来ることも分かった。だったら時間をかけてその方法を探すってプランにシフトするのも悪くないか。

 流石は俺。転んでもタダじゃ起きないポジディブ精神の塊。


 何年、何十年かかるか……本当に達成可能なのかは、今のところ見当もつかんが。


「そっちの二人も、異論は無い? あるなら特別に聞いてあげる」


 よっぽど機嫌が良いのか、レアは姉貴とエイハにもそう問いかけた。

 いつもなら猿扱いの他人の言葉などロクに聞いてないし、自分から話しかけることすら珍しい方だってのに。


「……ッ」


 腰に佩いた空っぽの鞘を見下ろし、口惜しげに歯噛みする姉貴。

 異論はあれど、剣を欠いた自分ではレアと戦ったところでまともな勝負にさえならないと、そう判断したのだろう。


 そして。


「──ボクは嫌だよ。キミの決定には従えない」


 一方のエイハは。驚くほどに毅然と、そう言い返した。





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