第172話 急
コンマ五秒間隔で出鱈目な方向に七度、短距離瞬間移動を繰り返す。
そのリズムをズラした八度目となる縮地で、天地逆さにレアの頭上を取った。
同時。
「らしくねぇな! その手はもう食わねぇぞ!」
今の俺は双眸を閉じ、受光量を調節した第三の目だけでレアを捉えている。
目眩しなど通用しない。肩口に銃口を押し付け、撃ち放つ。
が。
「何……!?」
ゆらりと陽炎の如く揺らいだレアの姿。
歪んだ輪郭が銃口から逃れ、魔弾は虚空を駆けて行く。
「ッチィ!」
返す刀で放たれた、穂先が歪んで見える刺突。
四本角で実体を見極め、身をよじって躱し、追撃が来る前に縮地で間合いを置く。
未だレアの姿は、ゆらゆらと定まらずにいた。
「なんだそりゃ。そいつも初めて見るぞ」
「これも初めて使ったもの」
トントンと指先で示される、炎のように揺らめく赤い
アレも単なる飾りじゃなかったってワケか。
「
緩やかに戻って行く輪郭。
いかに全方位を見渡し、薄い壁程度なら透視すら可能な第三の目だろうと、やはり光そのものを捻じ曲げられては見通せないか。
霧とかも上手く透かせないんだよな。煙は大丈夫なんたが。
「でもこんなの、目眩しと同じでデカブツ揃いのBランク共には何の意味も無いから、披露する機会も来なかったのよ」
確かに無意味だ。
こういう繊細な技は、ある程度同等のサイズかつ、それなりにものを考えられる奴が相手でなければ有効的に働くとは言い難い。
つまりレアの
ますます厄介な。
「……それと……らしくないのは、寧ろ貴方よ」
「ッ!」
翼に豪力を集中させ、一度の羽ばたきで数十メートル飛翔。
二度目の羽ばたきで急降下し、隼の如く迫られる。
「そこ」
「ぐっ!?」
俺も空中に居るため当然縮地で躱すが、移動先を読まれた。
槍の投擲を受け、穂先に魔弾をヒットさせて弾き返すも、僅かに殺しきれなかった衝撃で塔の頂上まで墜落する。
「いつもの貴方なら、もっと状況を俯瞰するわ。技量で勝る私を相手に立て続けの攻撃なんか仕掛けない。何をそんなに焦っているの?」
心臓のあたりが熱い。お喋り好きのラーズグリーズが、
抑えるだけで精一杯な証拠。そしてそれも、恐らくもう続かないだろう。
「……シドウ君、貴方やっぱり──」
六連射。
当たらねぇ。
「勝負の最中に人の心配とは丸くなったな煽り厨。生憎こちとら全部承知の上だ、自称ライバルに気遣って貰うほど落ちぶれた覚えは無いぞ」
喉が乾く。眼球が痒い。
衝動に思考を侵される。殺せと、壊せと、頭の中で喚き立てている。
「ッぐ……」
俺はこの二度目の二十六階層以降への進出で、一度も
分かっていたからだ。俺の肉体は
故に
それにしたって、思ったより早い時間切れ。急にドカンと来やがった。
もう少しくらい持つと踏んでたんだがな。つくづく俺も想定が雑だ。
まだ致命的な一線にこそ至っていないが、今すぐにでも
万一にも暴走が始まったら、その時には理性どころか知性すら失ってるだろう俺には、それを止める手立てが無い。
──だが、せめてあと一撃。
流石に
そういう奴だと知っている。自分と俺、この世でたった二人の人間以外にかける情など欠片も持ち合わせていない奴だと知っている。
長過ぎた孤独と、大き過ぎた周囲との齟齬がアイツをそうさせた。言葉や説得で考えを改めさせることは、絶対に出来ない。
そもそも、レアが停滞を選ぼうとしている理由の半分は、アイツなりに俺という
「ぐっ……ふうぅっ」
逼迫した状況だが、敢えてガンプレイを行い、平静を装う。
レアも次の衝突で決着だと感じ取ったのか、ぷちりと羽根を一枚むしり、それで槍の柄を拭き始める。
「……無いとは思うが、もし手心なんざ加えたら絶交だぞ」
「そんなことしないわ。貴方には、絶対」
元より雀の涙以下とは言え、自分から手加減の可能性を潰すとか、大概俺もレアへの対抗意識激しいよな。危険と分かってて
けれど仕方ない。実際レアとの勝負は楽しい。なんなら今も楽しんでる。
一応は
「────ッッ!!」
羽ばたきで助走をつけ、急降下で迫るレア。
一方の俺は向こうがトップスピードに乗る寸前のタイミングで縮地を発動。彼我の距離をゼロとし、銃口を突き付ける。
鳴り渡る発砲音と、金属音。
「……ハッ」
後方で、魔弾に翼を吹き飛ばされたレアが着地に失敗し、勢い余って白い床を転がる。
その姿を第三の目で背中越しに確かめながら、俺は──自分の腹に穿たれた風穴を見下ろし、吐血と共に倒れ込んだ。
「ちくしょう、が」
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