第171話 破
鉛色から黄金色へと変質した髪が、腰まで達する。
額の中央を縦に割った裂け目から第三の眼球が現れ、三六〇度に視界を開く。
側頭部に小さく残っていた角が他の三本と合わせて伸び、目に見えない周辺情報を如実に捉え始める。
〈シドウ様。委細承知とは思いますが……〉
「分かってる。長引かせない」
身体の奥底で蟠る違和感を抑えつけながら、同じく
「ふぅっ……」
艶を含みすぎて色を失い、真っ白に光を照り返す髪。
その頭上に浮かび、オリーブ冠を思わせる形状で輝く金色の
後ろ腰から広がる、半身を覆うほど大きな黒い片翼。
先程撃った際、布地が消滅した腹部に覗く、炎のように赤く揺らめく
悪魔じみた風貌の俺と、天使めいた容貌のレア。
対極的なようで本質は同一である存在に寄った変貌。俺達が表裏一体なのだと示さんばかりの鏡写しな姿。
「今ならお互い、簡単には死なないわよね」
「ああ。日付が変わってエイハの治癒も使えるようになってる。即死さえしなけりゃ何の問題も無い」
俺達は意見の食い違いで衝突しているだけであり、そこに殺意などは微塵も無い。
故に一撃当てれば殺しかねない先程までのシチュエーションは、どうしても加減が入ってしまったが……ここからは遠慮せずに当たれる。
「それじゃあ──」
レアが槍を握り直す間隙を突き、縮地でゼロ距離まで接近。
そこらの家屋程度なら容易く叩き潰せるEランククリーチャーに準ずる身体能力によって慣性をノータイムで押し留め、全く別の場所へと切り替わった視点にも、更に加速した思考速度で即時適応。
瞬間移動から限りなくゼロ秒に近い一射を見舞うべく銃口を鳩尾に突き付け、引き金を絞りきる──その寸前、視界を閃光が覆った。
「ッ!?」
ほんの一瞬だが白く潰れる視覚。
そこに四本角がアラートを鳴らし、バックステップで後退する。
思考ではなく反射神経による回避行動。
鋭利な刺突が髪を数本食いちぎり、風切り音が耳朶を掠めた。
「これは飾りじゃないのよ」
第三の目が光量を調節し、再びレアを捉えると、その頭上でチカチカ瞬く
どうやらアレには、強く光を発する機能があったらしい。
「初めて見るぞ、そんなもん」
「初めて使ったもの」
その短い会話の最中、三度応酬を交わす。
両目を閉じ、閃光対策を済ませた第三の目だけで視認しつつ再度縮地で接近し、発砲寸前に銃身を払われて明後日の方へ飛ぶ魔弾。
穂先手前に短く持ち替えた槍で肩を突かれかけ、背後に縮地。腰に銃口を押し付ける。
発砲。しかし器用に動いた翼が羽根を撃鉄に挟み込み、発砲のイメージを阻害されて不発。背中を向けられたまま脇腹越しに刺突が繰り出され、また距離を取る。
「思考と反応の速度は概ね互角。身体能力は貴方が上。技量は私が上ってところかしら」
「チッ……」
俺達が
否。そもそもEランククリーチャーあたりからの時点で対人用の繊細な技術など全く意味が無く、必然的にレアの槍捌きも、あの全力投擲のように破壊力重視の大雑把な扱いに比重が偏っていた。
それが技巧重視に切り替わると、こうも厄介だとは。
流石、ごく短期間で二つの流派を免許皆伝クラスまで窮めただけのことはある。アイツの懐に潜り込んで致命打を入れるのは、容易ではなさそうだ。
……尤も、この程度は当然ながら想定の範囲内。
俺達は昨日今日の付き合いではない。レアの才覚も性格も、何もかも知り尽くしてる。次手を読むなど容易い。
まあ、そこら辺に関してはあっちも同じだってのが悩みどころだが。
「ところで随分勝負を急いでるみたいだけど、長引かせると不都合でもあるのかしら?」
そら来た。
「ハッ。別に何もねぇよ、ただ手早く済ませて昼飯にしたいだけだ。
「…………そう」
小さく首を傾げながら、じっと俺を見つめる紫色の瞳。
アイツの中の俺と乖離した行動を怪しんでるな。勘付かれたところで特別不利になるワケじゃないが、確実に有利にも働かん。早々に決めてしまおう。
「お前相手じゃ、こいつは邪魔だな」
義手を外し、放り投げる。
この状態でのバランス調整は既に体験済み。何の問題も無い。
「さっさとケリつけちまおうぜ。お前だってこんな寒空の下に長居はしたくねぇだろ?」
「……そうね」
ひとつ片翼を羽ばたかせたレアが、宙へと浮き上がる。
勝負に集中することにしたのか、或いは俺の状態に心当たりがついたのか。確率は半々って塩梅だが、どっちにせよ早期決着に付き合ってくれるなら僥倖。
「お次は空中戦を御所望か? いいぜ、鳥撃ちはガンナーの得意分野だからな」
「果たして貴方をガンナーと呼べるのかは、かなり審議の余地があると思うのだけれど」
「お黙りやがれ」
軽口を叩き合いながら、俺もまた縮地で同じ目線の高さへと移動する。
──ぎしりと、身体の奥で響いた軋みに、聞こえなかったフリをしながら。
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