第169話 対立






「壁を壊すなんて、冗談じゃないわ」


 苛立たしげに、レアが再び石突きで足元を叩く。


「シドウ君だって見たでしょう? あんな世界に放り出されて、私達は兎も角、他の奴等がまともに生きて行けるワケがない」


 二槍の片割れ。

 壊れてしまったランス部分を接続するためネジ状に作られた穂先が、俺を指す。


「どうせまた貴方に縋るに決まってる。貴方の優しさにつけ込んで、使い潰すに決まってる。あいつら全員寄せ集まらなきゃ何も出来ない、喚くだけの無能な猿なんだから」


 そいつは流石に見解の相違だな。


「お前は今日まで何を見て来た。俺達が三十階層まで辿り着けたのは、色んな奴が築き上げた下地あっての成果だろうが。だからこそ俺は、だと言い続けられたんだ」


 確かに稚児にんげんは、一人二人じゃ立って歩くので精一杯。なんなら息してるだけで偉いまである。

 前にも伝えたと思うが、正直俺だって心のどこかじゃお前以外の全員を見下してるよ。


 だけどな。そう徹頭徹尾、下に見れたもんでもないんだぞ。

 手を取り合ったり反発し合ったり、様々な形で社会という集団を形作ることによって、時には俺やお前のような一個の天才を凌駕することだってあるんだからな。

 探索者の活動を通して、そのことを改めて再認識した。


「例えば俺達がダンジョンを登るために使ってた地図ひとつにしても、誰かの地道な功績だ。この八年、必死に足掻いたのはオヤジみたいな一部の責任ある人間だけじゃない。そりゃ中には愚にもつかない輩だって居るが、大半の奴は自分にやれることを一生懸命やってきた。俺達はその総算、詰めの部分を担ったに過ぎない」


 だから俺は、稚児ひとが好きだ。

 この天才かつ最強のナイスガイが、少々の骨を折っても構わないと思えるほどに。


 ──けれど。世界でただ一人の天才どうるいたるレアの価値観は、違う。

 ここだけが噛み合わない。この一点に於いてのみ、俺達は致命的に気が合わない。


「その詰めこそ重要で、そこにいつまでも手を届かせることが出来ないのがひとでしょう。そもそも私達の存在自体、パンドラあいつを確信した上での行動の結果じゃない」


 それに、とレアは左目のみ細め、俺を眇める。


「どうせ貴方のことだから、も助けたいとか考えてるわよね?」


 ……崩壊した世界の映像には、瓦礫の中にバラックを建てて生活する僅かな生存者達の姿が窺えた。


 塔の恩恵が消えても、この北海道という広大な土地に築かれた文明は残る。チャンバーも白い塔とは独立した機構だ、大量のコインが蓄えられた今なら当面は物資に困らない。

 ここを足掛かりとすれば、いつかは全世界の復興だって目指せるだろう。


 救うための手段を持っていて、おぼろげながら道筋も開けてるのに見捨てるなんて、そんなのカッコ悪いしな。

 格好の問題は全てに於いて優先される。


「猿共に人生を捧げる気? ボロ雑巾になって行く貴方の姿を私に見てろって言うの?」

「誰がそこまでするか。余裕もゆとりも無い奴には何ひとつ成し遂げられない。世界は救うし人生も楽しむ。どっちもこなせてこその天才よ」


 第一、俺だけの手でやろうってんじゃない。そいつは流石に無理難題ってもんだ。

 オヤジも居る。姉貴も居る。エイハも居る。周防オッサンも、古羽も、三百万人の道民も居る。

 スキルが消えようと、召喚符カードが消えようと……皆でやれば、まあどうにかなるんじゃね?


 あと絶対に競馬は復興させる。サラブレッド種が生き残ってくれてるといいんだが。なお道内の子達は食肉になって全滅した。

 つーか今なら俺が中央競馬会の会長に収まるのも簡単じゃねぇか。なんてこった、是が非でも壁をブッ壊さなくては。


 閑話休題。


「……ここまでは貴方に着いて来た。でも、ここから先は付き合いきれない。そして、みすみす貴方を猿共の下敷きにさせる気も無い」


 稚児ひとが好きか、ひとが嫌いか。

 表裏一体の存在である俺とレアの、唯一にして最大の乖離。


 故に。この対立は、必然とすら言えるだろう。


「私は今日を続ける道を選ぶ。百一年後の顔も知らない猿共のために自分の安寧を擲つなんて、そんなの馬鹿げてるわ」

「俺は明日を求める道を選ぶ。百一年後のためだけじゃない。壁の中に引き篭もってダラダラ過ごしたところで、そんなの死んでるのと何も変わらねぇだろうが」


 ホルスターからリボルバーを引き抜く。

 軽くガンプレイを披露した後、その銃口をレアへと向けた。


「これ以上の問答は無用だな。どうせ平行線だ」

「そうね。私達らしいやり方で決めましょうか」


 レアもまた槍を構え、濃い紫色のオーラを纏わせる。


「お前との勝負も、これで都合一〇八戦目だな。お互いサバ読みまくって、勝敗数はワケ分からんことになってるが」


 多分本当は四十九勝四十九敗九引き分けくらい。

 妙に一進一退で埒が明かねぇ。


「じゃあ、これに勝った方が総取りってことで」


 そいつはシンプルでいい。

 天才は物事を複雑視し過ぎない。


「エイハは姉貴を頼む。剣がブッ壊れちまって、素のままじゃ流れ弾も防げやしねぇ。そのためだけに深化トリガー使うのも馬鹿らしいしな」

「……分かった」


 色々と言いたいことはあるだろうに、全て飲み込んで頷いてくれるエイハ。

 俺は感謝を示すように口の端を吊り上げ──挨拶がわりの六連射を、叩き込んだ。


「当たらねぇ」





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