第168話 迷うにも値せぬ選択






「……これ……絶対、私達だけで決められる問題じゃ、ないわよね……」


 やにわに突き付けられた二者択一の重さを鑑みた姉貴が、動揺を孕んだ声音で呟く。


「すぐ地上まで戻って父さんに報せて、どうすべきか考えて──」

「そいつは無理だ、姉貴」


 何故なら俺達にはが無い。


「大して行動が変わるワケでもないから伝え損ねてたが、あと一週間足らず……つまり赤い壁の光量が著しく落ち始めるのと同じタイミングで、白い塔の外にまでクリーチャー達が溢れ返るようになる。そうなったら呑気に話し合いなんてやってられねぇ」


 ここから二十五階層のエレベーターまで戻るには、どんなに急いでも九十分は必須。

 時のねじれによる地上での経過時間を考えると、どう考えても間に合わない。


〈言うておくが、その時期には時の歪みも更に大きくなるぞ。今、其方達が下まで戻れば、光が絶えるまでに再びここを訪れるのは不可能じゃろうな。途中でエレベーターも停まる〉

「この階層はダンジョンの外だけど、壁の外でもあるから携帯も繋がらないわね」


 青褪める姉貴とエイハ。簡易携帯電話を弄りながら淡々と告げるレア。


 つまりどうあっても、この場に居る四人だけで今後の北海道セカイが向かう先を決めなければならないワケだ。

 今を壊すか。今を続けるか。


 …………。

 笑わせてくれる。考えるまでもない話だ。


「俺は破壊を選ぶ」


 赤い石の台座前に立ち、宣言した。


「成程、存続を選べば安泰だ。大量のDランクガーディアンが探索者達の手に渡り始めた今、既にダンジョンは単なるコインの採掘場と化しつつある。適当に金を稼いで適当に生きて、最期は穏当に畳の上で死ねるだろう」


 ──あくまで、俺達は。


「だが次の世代は? その次の世代はどうなる? 百一年後の未来を生きなきゃならない奴等に負債を何もかも押し付けて、自分達だけのうのうと過ごそうってのか? 悪い冗談はよしこさんだ、草も生えねぇ」


 そもそも俺は、この退屈な停滞期を終わらせたかった。

 延々と今日が続くだけの鬱屈した毎日を、どうにか前に進めたかった。


 オヤジが代理政府を立ち上げたのだって、皆にを与えたかったからだ。


 何より──俺という天才かつ最強のナイスガイに、檻の中など似合わない。


「元から論ずる意味すら無い二択さ。自分の子供や孫に暗闇の中で震えて死ねって言えるんなら、話は別だが」


 その言葉に己自身の手で選択を行う決心がついたのか、姉貴は肩をすくめ、エイハは胸の前で拳を握り締め、俺と同じ台座の前に立つ。


「二人でいいわ。女の子と男の子」

「ぼ、ボクは……出来れば、サッカーチームを作れるくらい……」


 どんどん人生の退路を失ってる気がするけれど、取り敢えず捨て置こう。

 アレだ。明日の俺が解決してくれる筈。頑張れ明日の俺。






 …………。

 で、だ。


「まあ、お前なら当然を選ぶよな」


 槍の石突きで白い床を叩く音が、青い石の台座の前から鳴り渡る。

 俺は溜息を押し殺し、真っ直ぐこちらを捉える紫色の瞳を見返した。


「レア」





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