第167話 到達報酬






〈……大方の図式は、把握するに至ったじゃろう〉


 陽が昇りきった頃合、パンドラはそう告げると、深く吐息した。

 どうでもいいが、裸に髪の毛巻き付けただけの格好で寒くないのかコイツ。息が白いってことは、少なくとも人並みの体温はあるんだろうに。


〈妾は世界を滅ぼした存在の被造物にして、其方達を檻に閉じ込めた張本人。この八年間で積み上げられた犠牲の数を思えば、さぞ恨みを募らせておることじゃろう。何の償いにもならぬが、それで僅かでも気が晴れるのならば……妾を好きに甚振ってくれて構わぬ〉


 一歩俺達の方へと踏み出し、目を閉じるパンドラ。

 併せて、使えなくなっていた各スキルの再活性化を、本能的に察する。


 …………。

 何言ってんだコイツ。


「何言ってるの貴女」


 姉貴と発言及びタイミングが被った。

 まあ俺は口に出してないが。


「最初に斬りかかっておいてなんだけど……崩界を実行したのは貴女であっても、そこに貴女自身の意思は介在していなかったんでしょう?」

〈……然り。妾に中止や解放の権限は無く、組み込まれたシステム通りに白い塔わらわを運営し続け、ただ誰かが頂上を訪れる時を待ち詫びることしか出来なかった傀儡に過ぎぬ〉


 じゃあ、と姉貴は柄のみが残った処刑人の剣エクセキューショナーズソードを放り棄てた。


「貴女は何も悪くないじゃない。寧ろ、自分にやれることを精一杯やったわ」


 控えめに頷き、同意を示すエイハ。

 無関心に、ただ朝空を見上げているレア。


「出来ることをやらないのは単なる怠慢だけど、出来もしないことをやれと強いるのは酷ってものよ。シドウの受け売りだけどね」


 その通り。


〈……そうか。其方達は、妾を責めぬのじゃな〉

「そもそも壁が無けりゃ、北海道セカイは外の世界と同じように滅んでた。つーか俺やレアに至っては、完全にお前のお陰で命拾いしたみたいだしな。そんな奴に対しての八つ当たりは、流石にお門違いってもんだろ」


 ここまでパンドラが何ひとつ嘘を吐いていないことは、細かな所作を見れば分かる。


 コイツは崩界を引き起こした張本人かも知れないが……断じて、犯人ではない。


〈……分かった。であれば話を次に移そう。このパンドラ・バベルを登頂し、延いては二十六から二十九階層に巣食うBランククリーチャー全てを倒すという条件を果たした其方達に贈られる、のな〉


 やっぱりあったのか、そういう条件。

 実は二十八階層はやろうと思えば素通り出来たんだけど、念のため倒しといてマジで良かったわ。






 ぺたぺたと裸足で歩くパンドラに追従し、俺達は再びオベリスクまで戻る。

 曰く、これこそが今までにも各安全地帯セーフゾーン到達報酬ごほうびを授けてくれた台座にあたる装置らしい。


〈この石柱──妾の脳髄には、崩界当日の赤い壁わらわを何百倍も凌ぐ熱量が蓄えられておる。一気に放出すれば、さしもの壁とて耐え切れずに崩れ落ちるほどのな〉


 …………。

 赤い壁からの解放、か。


〈では──世界の真実を知った其方等に、二つの選択肢を示そう。それこそがクトゥルフ、八岐大蛇やまたのおろち、リヴァイアサン、テュポーンを屠りし英雄達への報酬である〉


 パンドラが俺達を振り返り、静かに両腕を広げた。


〈まずは、恐らく其方達が白い塔わらわを登った目的であろう、赤い壁わらわを破壊する道〉


 左手の指が鳴らされると同時、パンドラの左側に赤い石が嵌め込まれた台座が現れる。


〈次に、赤い壁わらわへと適量ずつエネルギーを送り込み、尽きかけた光を補充する道〉


 右手の指が鳴らされると同時、パンドラの右側に青い石が嵌め込まれた台座が現れる。


〈前者を選べば白い塔わらわも数日で塵と消え、スキルや召喚符カードなどの白い塔わらわを原動力とした機能もまた喪われる。既に持ち出されたコインは残るがの〉


 自由を得る代わりの、恩恵の剥奪。


〈後者を選べば向こう、其方達人類は今のまま存続が能う。ただしその後の延命手段は一切無い。回路を切り替えねばならんゆえ、三十階層ここへと繋がるエレベーターも半日後には停止する〉


 恩恵を保つ代わりに、遠い未来で確定される滅び。


〈──どちらでも、好きな方を選ぶが良い〉





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