第165話 十三の塔






 再びパンドラが指を鳴らし、空間に並ぶ映像群を消す。

 表示させたまま話を続けるには、あまりにショッキングな光景だと配慮したのだろう。


〈崩界。この事象に妾は名を付けておらぬゆえ、敢えて其方達の用いる呼称を使わせて貰うが……これを起こす契機となった世界の滅亡に関する詳細は、妾にも分からぬ〉


 黒幕の正体は闇の中だと、パンドラは語る。


〈じゃが、世界を壊した存在とを造った存在が同じ勢力に属するものであることは分かっておる。つまり糸を辿ってゆけば、妾も其方達の仇敵と言えよう〉

「……達?」


 首を傾げた姉貴からの疑問符に、再三のフィンガースナップが鳴り渡る。

 すると今度は、赤い壁で覆われた土地の映像が、いくつも投影された。


〈パンドラ・バベルは十三機が同時に稼働を始めた。いずれも数百万人から数千万人に及ぶ人間を囲い、ここと似たような形での存続に至っておった〉


 ……十三機、ね。


〈世界を滅ぼしておきながら、何故このように迂遠な手法で人類の生存を許したのかは、生憎と定かではない。妾を生んだ勢力も一枚岩ではないのか、はたまた別の目的あってのことか……いや。恐らく単なる気まぐれじゃろう。ともすれば、滅ぼしたことさえも〉

「映像は八つしか無いみたいだが。それに、存続に至ってって、過去形なのが少しばかり気になるところだな」


 俺が尋ねると、またパンドラは指を鳴らす。


 ──光を失った壁の遠写が数枚、目の前に映し出された。


〈ニューヨーク州や上海市一帯など、特に人口が多かった土地を覆った五つは既に稼働を停止した。一番最近のものでも半年前になる。もう内部に生存者はあるまい〉


 光も物資も尽きた、正真正銘の牢獄。

 少し間違えれば、俺達の北海道セカイも辿ったであろう末路。


〈残るうち三つは、逆に人口が少な過ぎて人並みの暮らしを保つのがやっとの有様。あとの四つも、恐らく条件をクリアした上での三十階層到達は間に合わぬ。あ奴らはのやり方を間違えた〉


 きつく目を閉じ、歯噛みするパンドラ。


〈……妾達はそれぞれ一度のみ、壁内に対する直接の支援を行える。内包する人類が誰か一人でも白い塔わらわを登り詰め、ここまで辿り着ける確率を高められるようにの〉

「ハッ。ダンジョンといい、クリーチャーといい、まるでゲームだな」

〈実際そうやも知れぬ。滅ぼすに少し遊んでやろうと、そんな意図が妾にも透けて見える。ふざけた話じゃ〉


 パンドラ曰く、各自が取った手助けの形は様々だそうだ。

 ただし大規模な活動は行えず、しかも半数近くは目論見を外し、折角の機会を無為にしてしまったとか。


〈妾が欲したのは。概ね少数でしか挑めぬ、個としての能力が何よりも重要視されるであろう白い塔わらわを駆け上がるに足る極限の才覚の持ち主〉


 俺とかレアみたいな奴のことか。


〈崩界の日、妾は壊れ行く世界の中で死する運命に置かれた二人の赤子を拾い上げ、稼働直後で特に不安定だった塔内の時空の歪みを利用し、に送った。そこまでが妾の限界であり、上手く行くかは相当な賭けであったが……〉


 崩界から更に十年前ってなると、ちょうど俺やレアが生まれたあたりだな。


 …………。

 まさか。


〈その時の──およそ人類の限界値に等しい才覚を宿せし黄金の卵が、其方達じゃ〉


 よくぞ立派に育ってくれたと、パンドラが俺とレアを指し示した。

 マジかよオイ。





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