第163話 パンドラ・バベル






〈…………何故、受け止めぬのだ〉

「いや、フリかと思って。絶対押すなよ的な」


 そんなワケあるか、と起き上がった女──パンドラ・バベルが、恨めしげに俺を睨む。

 うねうね蠢く赤い髪の一房が、心境を表すように足元を叩いていた。


〈全く……まあ良い。改めて、よくぞ白い塔わらわを登り切った。まずはそのことを讃えよう〉


 ぱち、ぱち、ぱち、と等間隔に打たれる三度の拍手。

 そのタイミングで姉貴が我に返り、肩を震わせながら、俺の前へと踏み出した。


「……貴女が……この塔、そのもの?」

〈然り。パンドラ、若しくはバベルと呼ぶが良い〉

「……八年前に……崩界を、引き起こしたのも……?」

〈当然、妾である〉


「ッ──!!」


 一切躊躇無く放たれた、首筋を狙った横薙ぎ一閃。

 しかし魔剣のオーラを纏っていない模擬剣では赤髪女の薄っぺらい外套にすら太刀打ち出来ず、衝突と同時に根本からへし折れる。


「落ち着けよ姉貴」


 それでも追撃を図ろうとする姉貴に呼びかけ、制止した。


「っコイツが! コイツのせいで二百万人以上も死んだのよ!? コイツさえ、コイツさえ居なければ母さんだって、アンタの左腕だって!」

「分かってる。けど落ち着け、話が進まん」

「落ち着くのはシドウ君もだと思うけど」


 レアにそう言われ、俺は自分がホルスターからモデルガンを抜いていたことに気付く。

 姉貴やエイハの様子を見るに魔弾も──いや、全てのスキルが使えなくなっている筈。こんなもの握り締めたところで、脅しの道具にもなりゃしない。


〈……随分と対極的……否、表裏一体に育ったものじゃな。そしてピンク娘よ、其方の怒りは至極尤もである。妾は殺されても文句など言えぬ。一撃で首を刈り取ろうとした判断には寧ろ温情すら感じた。優しいのじゃな〉


 じゃが、とパンドラはかぶりを振った。


〈まず話を聞くが良い。今ここで首を差し出すのは容易いが、そうすれば白い塔わらわも強制停止し、其方達の八年間は水泡と帰すぞ。妾はそれを望まぬ〉


 毒気を抜かれるような、穏やかで静かな口舌。

 次いでパンドラは、先程よりも更に明度の増した東の空を指差した。


〈ちょうど夜明けも近い。久方振りに、特等席で日の出を見たくはないか?〉






「ここは鎧無しじゃ冷えるだろ。着ておけ」

「あ……ありがとう、シドウ……」


 小さくくしゃみをしたエイハに、上着を脱いでかけてやる。

 正直俺もかなり寒いが、魔甲の発現者は鎧が服にため薄着の場合が多く、エイハもその例に漏れない。初めて会った時にも着ていた、ぴったり体型に沿って胸や尻を押さえ付けてる薄地のライダースーツ一枚きりだ。改めて考えるとコイツなんでこんなエロい格好してんだよ。


〈──さて。どこから切り出したものか〉


 白い塔の東端、半歩踏み出せば真っ逆さまに落ちて行く縁際に立ったパンドラが、白んだ空を背景に俺達を振り返る。


〈知りたきことも、言いたきことも山ほどあろう。差し当たっては八年前、なにゆえ其方達が崩界と呼ぶ事象を妾が引き起こし、この地を閉ざしたのか。それを語るとしよう〉


 緑閃光が空を奔る。

 太陽が登り始め、パンドラの赤い髪がその照り返しを受け、光を纏う。


〈先に結論を述べる〉






〈この世界──赤い壁わらわの外は、





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