第161話 突破






 二十七、二十八、二十九階層の踏破は、いっそ拍子抜けするほど簡単に片付いた。


 当然の話だ。ただでさえ同ランクのクリーチャーよりもガーディアンの方が強いってのに、そいつが更に二対一と来た。ハッキリ言って苦戦する要素が無い。


 各階層での戦闘は、いずれも三分以内に片付いた。

 滞在時間そのものも、それぞれでの刻限と定めた四十数分を大幅にカット。平均三十分ちょっとで収まった。


 まあ、全力のBランク三体の衝突によって生じる余波は筆舌に尽くしがたいものがあったが、ファフニールと八咫烏が身を削って相殺した。

 それでも尚、危ない瞬間は何度かあったが……エイハが全て防ぎ切った。


 結果、俺達は擦り傷ひとつ負わず──俺に至っては結局一度たりともクリーチャーから攻撃を受けることなく、まで辿り着いた次第。


「三つの階層に於ける累計滞在時間、九十八分五十四秒。地上時間で……約二十五日。二十六階層での消費分とオヤジの暴挙で縮まった分を合わせた概ね一ヶ月を差し引いても、一週間近い余裕を残した理想的なクリアだ」


 ガチムチの大男から一見スレンダーなようで意外と胸も尻もデカい長身女に人員が切り替わったことで、少しばかりスペースがマシとなったエレベーター。

 向かいに立つレアがくあくあと欠伸する中、両隣のエイハと姉貴にそう告げる。


「……前から思ってたんだけど、貴方どうやって地上との時間差を計算してるの?」


 姉貴がそんなことを聞いてきたので、手帳の余白に式を走り書きし、ページごと破って差し出す。


「…………分からないわ」

「それでも北大卒か、鈍臭アウラ」

「分かるワケないでしょ、こんなの……」


 そうかな。そうかも。






「……ねえ、王子様。ボクは、キミの役に立てたかな……?」


 エレベーターの騒音に紛れた、ともすれば聞き逃してしまいそうな小声での問い。

 俺は地獄耳なので聞き逃さなかったが。


「勿論だ。姉貴や周防オッサンと同じ三ツ星を贈呈しよう。見違えたぞエイハ」

「ッ……じ……じゃあ、け……結婚して下さい!」


 急展開が過ぎる。


「十人は産みます! 家事も仕事も全部ボクがやります! 王子様が毎日遊んで暮らせるよう誠心誠意頑張ります!」

「そんな提案に二つ返事で頷く最低野郎と本気で結婚したいと思うのか、お前」


 エイハは見返りどころか面倒を背負い込むことになりかねないリスクを承知の上で、夜な夜な見ず知らずの重傷人達に治癒をかけて回るような女だ。

 その気高いとすら言える慈愛の精神が、しかし特定の個人に対して向けられると、こうなってしまうらしい。切替回路の故障かな。


「ヒモは御免だ。そもそも結婚なんてもんは少なくとも三年間の交際期間を挟んだ末に決めるもんだろ。愛に時間は関係無いなんて抜かす奴も居るが、夫婦生活を送る上で最重要な価値観のすり合わせには、それなりに時間が必要なんだ」

「なら付き合って下さい! キミの言うことだったらなんでもするから!」


 奉仕願望マシマシ宝塚系青髪ボクッ娘高身長隠れグラマラス女って、属性トッピングどうなってるんだ。あと絶対ドMだぞコイツ。

 ここで断ったら将来ロクでもない男に引っ掛かる未来しか見えなくて、そう考えると告白ってか半ば脅迫だろコレ。


 まあ。


「お前のことは好きだよ。交際もやぶさかじゃない。勿論、良い方の意味でな」


 が。


「お前が俺に向けているのは、本当に思慕なのか? 命を救われた恩義を、そう感じてるだけじゃないのか?」


 そもそも俺達が初めてまともに言葉を交わしたのは、ほんの数ヶ月前だ。

 単なる吊り橋効果と考えた方が、こうも強く感情を注がれる理由としては得心が通る。


「もう一度自分の胸に手を当てて考えてから答えを出せ。その時は俺も真摯に応えよう」


 戸惑ったように口を閉ざすエイハ。

 一方で姉貴は腕を組んで視線を逸らし、二の腕に爪を立てていた。

 レアはどうでも良さそうに、またひとつ欠伸を噛み殺す。


 そして──エレベーターが停まる。


 三十階層へと、俺達は到達した。





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