第160話 ラストワン






「来たか」


 窓口近辺の混雑ぶりが嘘のように閑散とした召喚符カード保管庫。

 その分厚い鉄扉の前に立つ、数人の護衛を引き連れたオヤジ。


「なんだよ。わざわざ王サマ自ら渡したいものって」

「当ててみるか?」


 ほう面白い。この天才とクイズで勝負する気かよ。


「ハッ、そうだな……地上こっちじゃ俺達が二十六階層に発ってから既に八日目だ。もう十枚か二十枚、D+ランク召喚符カードの追加投資ってところじゃねぇか?」


 Bランク相手に戦力と数えるには少しばかり心許ないが、色々と使い道はある。

 悪くないプレゼントだ。


「まあ似たようなものだな。持って行け」


 そう言ってオヤジが、召喚符カード運搬用のアタッシュケースをこっちに差し出す。


 受け取って開くと、中に入っていたのは。


「あぁ? なんだよ、一枚しかねぇ、じゃ……──」


 目を見開く。

 数秒、息が止まる。


「こ、れは」


 仰々しくケース中央に鎮座する、の紋様が刻まれた裏面。


 ぎこちない所作で手に取る。

 ひっくり返した表面に映し出されていたのは、GランクからCランクに至るまでの全種を網羅している俺が、しかし一度も見たことの無い絵柄。


 海のように青い、どこか女性的な造形の、荘厳さを帯びた竜。


「『ティアマト』……」


 絵と共に刻まれた名を、舌先で読み上げる。


 二種二枚目となるBランクの、俺がファフニールを引いたことで最後の一枚ラストワンとなっていた、だった筈の召喚符カード


「ッ……嘘……なんで……!?」


 それを良く知る政府側の人間である姉貴も、驚きを露わとしている。

 一方のオヤジは、くつくつと珍しく声を上げて笑いながら、種明かしを始めた。


「お前達が発ってすぐ、札幌市内に在住する、未だモノリスから召喚符カードを引いていない住民およそ百万人に招聘を行った」


 百万人。

 Bランク召喚符カードの排出率は、


「議員達には少々強引だと難色を示されたがな。皆、概ね応じてくれた」

「……ハッ……そりゃ、そうだ……アンタは……この北海道セカイを八年護り続けた、正真正銘の王様なんだからよ……」


 あまり気にしていなかったが、やけに窓口混んでた理由が分かった。

 百万人一斉に召喚符カードを引かせれば、買取手続きは連日てんやわんやだろうさ。


「無茶苦茶な荒技、使いやがって……モノリスのアレは、崩界前に流行ってたソシャゲのガチャと同じようなシステムなんだぞ。確率百万分の一の場合、きっかり百万回引いたところで期待値は精々六割程度だってのによ……」

「そうなのか。私はお前のような天才ではない上、今ひとつ数学には疎いのでな」


 東大理三を主席だか次席だかで出てる奴が何言ってやがる。

 承知の上でリスク踏んだんだろうが。アンタにしか出来ない方法で。


「……これでまた北海道セカイの寿命が軽く一ヶ月、壁の光が弱まるまでのリミットも半月は縮まった。集団自殺の願望でもあんのか?」

「馬鹿を言うな。そんな真似をしてみろ、あの世でエリカに叱られる」


 ブロッコリーとカリフラワーの見分けがつかんどころか醤油かけたプリンを食って本気でウニだと思うほどアホな、カブトムシにもケンカで負けかねない貧弱生物のオフクロから説教かまされるとか、人間の尊厳に関わるレベルの大問題。


「お前が休暇を取ると言ったあの日、三十階層まで到達と言ったのが、どうしても気になってな。いざとなれば自分が無茶をすると、私にはそう聞こえた」


 読まれてら。

 そういう肝心なところは、絶対に行間を見逃さねぇのな。


「勿論、お前が約束を口にした以上、最早私が何もせずとも北海道セカイが解放されることは確信していたが……」


 確信してるんなら、大人しく椅子の上で居眠りでもこいてやがれよ。

 息子一人如きのために三百万人の命運を使った賭けに出てんじゃねぇ。政治家の自覚あんのか。世が世ならリコールもんだぞ。


「──シドウ。それがあれば、無茶をしなくとも、どうにかなりそうか?」


 …………。

 その問いに対する答えなど、ひとつしか存在していなかった。


「ハッ! 当たり前だろ、ハゲオヤジ!」

「私はハゲてない!」


 もしこれでしくじるような大間抜けなら、潔く天才と最強の名を返上してやるよ。

 ナイスガイだけはどうしたって残るが。溢れ出る魅力が尽きることを知らなくて困る。


 いや。全然まったく、これっぽっちも困らない。





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