第159話 リスタート






「ジャスト六時間で俺起床。天才は眠ることにかけても天才──ん……?」


 一秒の誤差も無く目覚め、最初に感じたのは妙な清涼感。

 寝る前にシャワーを浴びる余力すら残っていなかったと言うのに、やたらと身体がさっぱりしていた。


「……ラーズグリーズ?」

〈少々、身を清めさせて頂きました。勇士の侍従もワルキューレの務めですので〉


 そう告げるラーズグリーズ自身の銀髪と白翼もしっとりと濡れており、つい先程まで部屋のバスルームを使っていたことが窺える。

 一八〇センチ近い背丈の倍は翼長がある翼を、狭いユニットバスでよく洗えたもんだ。


〈今一度、戦場に赴くのであれば、これも最低限の作法かと〉

「そうか。そうかもな」


 なんとはなし納得しつつ、起き上がる。


 軽く手足を動かしたところ、体調に障るほどの異常は無い。疲労も大方抜けた。

 気だるさこそ少々残っているものの、寝起きにも拘らず頭は冴え渡っており、やけに穏やかで落ち着いた心地だった。


蜂蜜酒ミードはいかがでしょうか〉

「未成年に酒を飲ませようとするな」


 飲酒喫煙はハタチになってから。

 あまりする気も無いが。特に喫煙。肺を患うばかりで一切の利点を感じねぇ。


「食事を摂ったら協会に戻る。お前も何か欲しけりゃ後で食えるよう買っといてやるが」


 クリーチャーやガーディアンは白い塔から活動エネルギーが供給されるため、飲み食いは嗜好程度の意味しか持たない。

 加えて、多くの場合は人間と味覚がかけ離れており、中にはスケルトンやゴーレムのようにそもそも飲食自体出来ない身体構造の種族も居る。


 その点ワルキューレは翼を除けば限りなく女性ヒトガタに近い形態ゆえ、俺達と同様の食を楽しめる次第。

 尤も召喚符カードはダンジョン突入時を除けば保管庫での安置が義務付けられているため、そういう機会は決して多くないが。


〈既に頂いております〉


 一礼し、腹に手を添えるラーズグリーズ。

 既にって、あらかじめ食料を買っておいた覚えはないんだが。


「お前まさか外に出たのか?」

〈いえ。お言い付け通り、一歩も出ておりませんとも〉


 じゃあどうやって飯を食ったんだ。こんな場末のビジホにルームサービスなんて気の利いたシステムは備わってないぞ。

 ……いや。よく考えたら何も無いところから蜂蜜酒ミードとか出してるし、それと同じノリで食い物も用意したんだろう。そういうことにしとこう。


「ならいい。行くぞ」

〈承知〉


 ラーズグリーズの身体が光の粒子となり、右手のスキルスロットに吸い込まれて行く。

 俺自身が召喚符カードとなった。認識的には、そういう感じか。






 近くの牛丼屋で適当に腹を膨らませ、解散から八時間ちょうどで、いつにも増して入り口近辺と窓口エリアが混み合ってる協会に到着。

 全く同じタイミングでレアも現れ、先に居たエイハ及び姉貴と合流した。


「三秒遅刻よ」

「姉貴の時計は相変わらず正確じゃねぇな」


 喪失した巨剣の代わりにいつもの処刑人の剣エクセキューショナーズソードを佩いた姉貴。二槍の片割れのみを担いだレア。超長距離狙撃手という唯一無二の特性を持った周防オッサンに替わって、今やの鉄壁を有するに至ったエイハ。

 そして五百万円以上も注ぎ込んで作らせたパイファー・ツェリスカが僅か一戦でスクラップと化した、とても可哀想な俺。


 召喚符カードの方は、D+ランク四十九枚並びに俺と同化したラーズグリーズこそ健在だが、Cランクガーディアンを半数欠いた状態。


 ここに懸念の晴れたバハムートが加わるとは言え、お世辞にも万全とは評し難い。防御面は良いとしても攻撃面、取り分け麒麟とイフリートの脱落が痛い。


 あと三階層、三匹のBランククリーチャーを、ほぼ立て続けに屠らなくてはならないのだ。クトゥルフの時のように予め外套を引き剥がせるだけの火力が無くなった以上、バハムートであっても苦戦は必至。

 三連戦で全勝を挙げるには──やはりどこかで、真化フルトリガーを使わなくてはなるまい。


「……シドウ?」


 思案する俺の顔を怪訝そうに覗き込む姉貴。

 なんでもないと返し、指を鳴らした。


「それじゃあリスタートだ。さっさと召喚符カードを取りに保管庫まで行こうぜ」


 そこで待っていると、オヤジも言っていたことだしな。





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