第157話 メンバーシフト






「……やっぱ続行は難しいか」

〔他の怪我は兎も角、この脚ではな……欠損ばかりは治癒でも治せん。無理に出張ったところで、邪魔者にしかならん……〕


 簡易携帯電話の受話口を介し届く、口惜しげな語調。

 応急処置程度の設備しかない塔一階の医務室ではどうにもならないとして病院に搬送された周防オッサンからの報告に、俺は内心で溜息を吐いた。


〔すまん……ここまで来て、リタイアとは……〕

「気にするな。寧ろアンタの怪我は、バハムート召喚の機を見誤った俺の落ち度だ」

〔馬鹿を言うな……相手はBランク……四人合わせて脚一本で済んだのなら、大金星だ……お前は、よくやった〕


 優しいね。涙出そう。出たこと無いけど。


〔……アウラ……雑賀の、容態は……?〕

「お陰様ですっかり元気だ」


 一階行きのエレベーターを降りてすぐさま別れた周防オッサンは、姉貴が医務室で間一髪死ぬところだったことを知らない。知らせるつもりも無い。

 わざわざ教えても無駄に気を揉ませるだけだ。実際問題、助かったワケだし。

 …………。


「俺としちゃ姉貴もこのまま残って欲しいところだが……無理だろうな」

「そうね」


 噂をすれば影。背後から姉貴の声。

 振り返り様、携帯を奪われる。


「もしもし周防? こっちは私達でどうにかしとくから、貴方は病院のベッドで大人しく吉報を待ってなさい」

〔……ああ……どうか、無事に帰って来てくれ……〕


 通話終了ボタンを押した姉貴に、今度は携帯を投げ返された。

 強めなスロー。もし置いて行ったら殺してやると言わんばかりだ。


「父さんと連絡がついたわ。渡すものがあるから、再出発は八時間待ってくれって」

「渡すもの……?」


 なんだろうか。

 まあどっちにしろ、オーバーロードで消耗したD+達の回復は兎も角、ファフニールと八咫烏の強制休眠が明けるまでにはそれくらい掛かるから、全く構わないんだが。






「エイハ。次はお前も同行してくれ」


 予備の義手に付け替えながら、そのように請う。

 四年も片腕だったからか、今やこっちの方がしっくり来るな。慣れって凄い。


「……ボクが行っても……役に、立てるかな……?」


 何言ってんだコイツ。


「そう判断したから、こうして頼んでるワケだが」


 周防オッサンが離脱した今、二十五階層まで行ける他の人材はエイハだけであることは確かだ。

 しかし、この天才かつ最強のナイスガイを以てしても、戦力にならない者を数合わせで連れて行こうと考えられるほど、あの階層帯は甘くない。


「周防さんの代わりが務まるとは、思えないけど……」

「そりゃ周防オッサンとお前じゃポジションが違う。出来ることも違って当然だ」


 つか、何キロも離れた先から狙撃なんて真似が可能な奴、多分他に居ない。


 ──何より、さっき見せて貰ったエイハの深化トリガー。アレは大したものだった。

 もしもクトゥルフ戦の時に居てくれたなら、姉貴か周防オッサンのどちらかは、あそこまで傷付かず済んだかも知れないほどに。

 五人は流石に乗れないけどな、エレベーター。あれ以上の狭さとか死人が出る。


「他に誰も居ないとかじゃなく、お前だから頭を下げている」

「一ミリも下がってないわよ」


 黙れレア。心情的には下げてるんだ。


「……王子様……」


 何故か泣きそうな顔で碧眼を滲ませ、俺を見上げるエイハ。

 やがて深く俯きながら、どこまでも着いて行きますと、そう返答された。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る