第156話 一時休止
さっきまでの失態は全部無かったことにする。記憶からも都合良く消去した。
俺は依然として天才かつ最強のナイスガイだし、
それでいい。そうでなくてはならない。
そうあってこその、俺なのだから。
「少し手間取ったが、約束通りエイハ嬢ちゃんは二十階層まで送り届けた」
相変わらずの険しい表情で告げられた古羽の言葉に、俺は僅かながら頭を下げる。
「助かった。本当に」
「……これで俺の仕事は終わりだ。後のことは任せる」
疲労ゆえか口数少なく踵を返し、歩き去ろうとする古羽。
が。途中で立ち止まり、肩越しに振り返った。
「少しでも恩に着てるってんなら、全部終わったらもう一度戦ってくれ。俺もサードスキルを手に入れたんだ。今度はその顔に一撃くらい叩き込んでやる」
「ああ。必ず連絡する」
「……俺の連絡先、知ってるのか?」
「いや知らん」
交換した。
アドレス帳の登録数が五人になった。四捨五入したら二桁の大台だ。快挙。
「あ」
「……よぉ」
医務室に入ると、さっきまで寝ていたベッドに腰掛けた姉貴と目が合った。
ちゃり、ちゃり、と俺が旅行中にプレゼントしたネックレスを手の中で弄ぶ姿を尻目、隣に座る。
「それ、焼け残ってたのか?」
「咄嗟に外して握りしめてたから、服みたいに蒸発せず済んだみたい」
そう言って首に付け直そうとするも、留め具が噛み合わず悪戦苦闘。ほんと鈍臭い。
見かねて俺がやってやると、姉貴は力無く笑い、身を預けてきた。
「ホント馬鹿よね。あんな状況だったってのに」
溜息混じりに溢れる自嘲。
黙って姉貴の肩を抱くと、手を重ねられた。
「いい加減に弟離れしなきゃって、何度も何度も決意した気になって……結局、一度だってアンタから離れられない」
「ナイスガイの悩みどころだな。道行く女性すら魅了しちまう」
「アンタ彼女一人居たこと無いじゃない。取っ替え引っ替えするようなゴミクズなら、私だって愛想尽かせられたかもしれないのに」
俺は世紀の色男ゆえ、告白されたことなら何十回とあるぞ。毎回丁重に断ってるが。
顔だけ知っててあとは名前すら覚えてない相手と交際って、流石に物事の順序を飛ばし過ぎだと思うし。
「……ともあれ、助かって良かった」
エイハには感謝してもしきれない。
聞けば二十階層から戻った直後、やけに人の多い窓口エリアで姉貴らしき特徴の探索者が尋常ならざる様子で医務室へ担ぎ込まれたという噂話が耳に入り、念のため駆け付けたのだとか。
「後でエイハちゃんには改めてお礼を伝えておくわ。にしてもアンタがあそこまで取り乱すなんてね。しかも私のことで」
「言うな。正直、自分でも驚いてる」
どうやら俺は、俺自身が思っていたより遥かに姉貴のことが好きだったみたいだ。
人間そのものは兎も角、各個人には関心が薄いってのが自己評価だったんだが。
「……しばらく……このままで、いい?」
「ああ」
こちとら片腕でも瓦礫の中から三人纏めて担ぎ出せるように鍛え上げてるんだ。
姉貴一人分くらい、なんてことはない。好きなだけ寄りかかっていればいいさ。
〈──じれったいですね。何故押し倒さないのですか〉
そうしていると、頭の中でゴーストならぬラーズグリーズに囁かれた。
なんだコイツ。
〈勇士たるもの、色事にも積極的でなければ箔がつきませんよ。姉だからなんだと仰るのです。自分の姉妹や母親を孕ませるなど、北欧では朝食にオートミールを食べるくらい当たり前なことだと言うのに〉
マジかよ北欧。だいぶ未来に生きてんな。
と言うか、もしかすると俺は今後一生、コイツと二心同体で過ごさなければならないのだろうか。
普通に嫌なんだが。ほぼ精神汚染だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます