第153話 バハムート






〈……ここ、は……二十六階層、か?〉


 透き通るような女声が、一帯に響き渡る。

 やっとお目覚めか。手間をかけさせやがって。


〈何故このような場所に……アリサ……どこだ、アリサ……〉


 閉じていた瞼を開き、朦朧と周囲を見渡すバハムート。

 俺は自分の存在を伝えるべく、その頭を思いっきり踏みつけた。


〈っ……頭に何か……アリサか? 君が何故、こんな所まで……〉

「生憎と別人だ。俺の名は雑賀シドウ」


 縮地でバハムートの正面に移動し、数年ぶりに両手を叩き、注意を寄せる。


〈サイ、カ……まさか、あの男の縁者、か?〉

「あの男ってのが雑賀ガトウを指してるんなら、その通り。息子だ、どうぞよろしく」


 苦い思いで言葉を交わしつつ、第三の目で後方を注視。

 クトゥルフの肉体が再生し終えるまで、あと三十秒ってところか。


「生憎チンタラ話してる時間は無い。敵の姿は見えてるだろう、即行でアレを倒せ」

〈ま、待ってくれ……軍城ぐんじょうアリサ……私の持ち主は、どこに──ッッ〉


 言葉尻を待たず、バハムートの眼球内で引き絞られる瞳孔。

 段々と意識が、そして記憶が明確となってきたらしい。


〈──ああ……そう、そうだ……私は……私は、なんという……ッ!〉


 誤召喚で街中に喚び出され、その際の余波で意識を失った主人の姿を見て攻撃を受けたと誤認し、暴れ狂った過去。

 人に与する存在として生まれ落ちながらも、この北海道セカイで最も多くの人命を奪ったガーディアンクリーチャー


〈そのせいで……私のせいで、アリサは……!!〉


 些細な誤解による不幸──と呼ぶにはあまりにも凄惨が過ぎた大事故、六十秒の惨劇。

 嘗て己が作り上げた瓦礫の平野を、積み上げた屍を、その景色の引き金となってしまった罪の意識に耐えられず自ら命を絶った主の最期を思い出し、嘆きを上げる銀竜。


 …………。


「チンタラしてる時間はねぇって言った俺の話、聞いてたか?」


 ツェリスカが壊れてしまったため腰元のピースメーカーを引き抜き、六発のファニングショット。

 さっきと比べれば豆鉄砲同然な威力の上、例によって一発も当たりゃしないが、銃声を聞いたバハムートは再び俺に意識を向けた。


「今、俺の姉貴が死にかけてる。さっさとアレを倒して治療に連れて行かなきゃ、百パー死ぬ」


 コイツのことは見るだけで嫌な気分にさせられるが、四年前の件で責め立てる気は無い。

 曲がりなりにもコイツは主を守ろうとしただけだし、何よりオフクロの死で責められるべき奴が居るのなら、それは力があれば救えた筈なのに救えなかった、どうしようもなく非力だったあの時の俺自身だ。


 だが。


「──テメェがメソメソしてる間に姉貴が死んだら、ブッ殺すぞ!!」

〈ッ〉


 そう怒鳴りつけると、真化フルトリガーを使っているとは言え、フラフラの人間一人を相手に、天下のBランクガーディアンが及び腰となった。

 そんな体たらくじゃ困るんだよ。シャキッとしろ。


「やったことに対する後悔があるなら、下を向くより先に動け」


 口を突いて出た己の言葉に、ふと過去の光景が蘇る。

 無力を悔いて、夜な夜な誰にも知られぬように、自らを鍛え続けた日々のことを。


「百万人殺した罪を雪ぎたいなら、まず第一歩として俺の姉貴を救うことに協力しろ」


 クトゥルフの再生は、既に九割方が済んでいる。

 また全方位攻撃でも撃たれて姉貴達に危害が及びやしないか、内心冷や汗ものだった。


〈…………分かった。重過ぎる罪を犯した私に、未だ人の側に立つことを赦してくれると言うのなら、喜んで君の指示に従おう〉


 やがて先程の銃創から鮮血を滴らせつつ頭を垂れ下げ、バハムートがそう告げる。

 俺は一瞬だけ両拳を握り締めた後、ちょうど再生の終わったクトゥルフを指差し、手短に命じた。


「アレを仕留めろ」

〈ああ。簡単なことだ〉





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