第149話 奥の手






〈シドウ様!〉


 光帯の余波で彼方まで飛ばされそうになった身体を、ラーズグリーズが受け止める。

 荒れ狂う光と熱の暴威が十数秒かけて収まった後、俺は直前までの疲労すら忘れ、姉貴の元に駆けて行った。


〈躱したか。しかしその様子では、最早まともに避けられまい。次で──む?〉


 再三突き出されたクトゥルフの腕に、二発三発と緑青の軌跡が撃ち込まれる。

 その間隙を突き、レアが三度目となる全力投擲を放ち、異形の掌から肩口にかけてまでを貫通させた。


「ッ……二度も、当てれば……身体の構造くらい、分かるわ……はぁッ、しんど」

〈フン。流石は落とし子、少々侮り過ぎたか……しかし腕一本など我にとっては痛手のうちにも入らん。恐怖は尽きぬ、恐怖は癒えぬ、恐怖は終わらぬ〉


 半円状に深く抉れた黒い液体が表面張力で元に戻って行く中、横たわる姉貴を抱き起こす。


 先程の周防オッサン同様、意識を失ったことで元に戻った容姿。

 盾に使った巨剣は無惨に溶け崩れ、纏っていた衣服も灰すら残さず蒸発しているが……身体に大した損傷は無かった。


 魔剣のオーラ。豪力の肉体強度上昇。深化トリガーによって硬化した皮膚。

 それらを複合させた最高峰の防御力が、見事に姉貴を護りきった。


 ──だが、それは外側の話。


「姉貴っ……」


 豪力は内臓の強度までは上げてくれない。深化トリガーに関しても、そこら辺は同じだろう。


 辛うじて息はある。しかし異常に体温が高く、完全な蒸し焼き状態。恐らくほぼ全ての臓器が焼け爛れてる。

 急ぎ一階まで戻り、俺達がダンジョンに潜ってる間はオヤジが協会施設内に常駐させている治癒の発現者のところまで連れて行かなければ、姉貴は確実に死ぬ。


 そんな切羽詰まった状態で──Bランククリーチャーが、俺達の前に立ちはだかっている。


〈そら、癒えたぞ。貴様の方はあと何度、我に傷を与えられるだけの出力を保てる?〉

「……無理ね、これは」


 都合三度の投擲。レアはもう打ち止めだ。

 周防オッサンの狙撃も動きを鈍らせるだけなら兎も角、足止めとなると弱い。

 俺も相当消耗してる。バハムートは未だ動かない。


 完全に失敗だ。想定が甘かった。個人的感情に流され、要所での判断を誤った。

 この状況。最早クトゥルフを倒せる手立てなど──


 ──失うのか?


 腕の中で刻一刻と死に近付く姉貴を見下ろしながら、俺は自問する。


「……くくっ。この期に及んで、何を躊躇するんだよ」


 また失うのか。オフクロは死んだぞ。

 


「少なくとも、今の俺にはあるだろう。あとひとつ、奥の手が」


 知っている。存在を確信している。

 恐らくレアすら気付いていない、二十五階層の到達報酬ごほうびの制限解除。


 だが。これを使えば、俺は。

 …………。


「くだらねぇ」


 もう後先など知ったことか。

 ここで勝てなきゃ姉貴は死ぬ。壁の中に閉じ込められた三百万人じんるい全員死ぬ。


 あのスキンヘッド──古羽に北海道セカイを背負うと啖呵切っただろうが。オヤジに三十階層まで到達すると約束しただろうが。

 それを反故にするなんてカッコつかねぇ真似するくらいなら、


「ラーズグリーズ。お前の全てを俺に寄越せ」

〈──よろしいのですか?〉


 そっと姉貴を横たえ、上着を被せながら頷く。

 それを見とめたラーズグリーズは、杖槍を掲げて跪き、告げた。


〈孕みそうです〉


 何言ってんだコイツ。


 ……でもまあ、一応感謝しとこう。

 お陰で少し、余裕を取り戻せたからな。





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